ト ラ ン セ ン ド ・ ブ ル ー × ナ イ ト ラ ン ド
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遥か太古の昔、かつてこの地に存在した5つの巨大国家は、度重なる激しい戦争の末、新たなる一つの超帝国となり産声を上げた・・・ ここは〈 アークシール超帝国 〉、世界に類を見ない圧倒的な騎士人口の多さから、人々から騎士の国〈 ナイトランド 〉と呼ばれている。 ナイトランドにおいての騎士とは、必ずしも君主・領主などに忠誠を誓い仕え、戦などで武勲を上げる事だけが誉の全てではなかった。 騎士道精神の根底にあるものは、平和と自由への飽くなき探求心。 騎士の手にする剣は自由を掴み取る為の象徴であり、そして騎士とは自らの運命を切り拓いて行く者の事であった。 ( ピーチュ ピーチュ ッピピピーー ) 柔らかな陽射しの中、数羽の小鳥達が楽しげにさえずりながら蒼天の騎士隊の隊本部敷地内にある中庭を、ぜんまい仕掛けの玩具のように元気一杯で跳ね回っている。 随分と広くて立派な中庭をよく観察してみると、ちょっとした建築物などの装飾も非常に精巧であり、ぐるりと見渡せば至る所に緑が花が数多く植えられ、実によく手入れが行き届いていた。 中庭中央にある噴水からは、陽射しを受け眩しい程に輝きながら 噴水から流れ出す水は整然と配置された水路を流れ、広い中庭の隅々にまで行き渡るように作られていた。 真っ青な空の下、陽光で照らされた空間に緑と水が豊富な様は、まさにこの世の楽園だと感じさせる光景である。 その楽園のような中庭を噴水を挟み分断するような形で廊下が設けられていた。 足元には白い敷石が詰められ、雨避けの屋根には無色透明なガラスが使用され景観を邪魔しない造りとなっている。 そんな中庭の廊下を歩く2つの人影があった。 並んで歩く2人組みは実に奇妙な組み合わせである。 2人が身に着ける装いは見事なまでに対照的で不釣合いなものだったのだ。 1人は蒼天の騎士隊で隊員に支給されている青みがかった鎧を、兜を除いて全身に纏っている少女だった。 赤毛がかった髪はポニーテールに結われ、少女の歩くリズムに合わせて可愛らしく右へ左へ揺れている。 腰には細身の剣を携え物々しい姿で機敏に歩く少女は、サッチャン・マグガバイであった。 そしてサッチャンの隣を歩くもう1人の人物。 その人物が喉の奥がまる見えになる程に大きく口を開けた。 「ふぁぁ~~」 天を突かんとばかりに両腕を目一杯に伸ばし、派手にあくびをしてみせる青年。 柔らかな陽射しに青年の銀色の髪がプラチナのように輝いている。 まだしっかりと目が覚めていないせいなのか、それともこの青年の普段からの歩き方なのか、サッチャンとは対照的に気だるそうに歩いていた。 歩き方が対照的なら格好もまた全身を鎧で身を包むサッチャンとは対照的なものだった。 上は麻で作られた白い半袖シャツ一枚、下は膝上丈のハーフパンツであり、上下共に皺だらけで薄汚れている。 際目付けなのが足元はサンダル履きという、随分とラフもラフな格好であった。 こんななりをした青年ではあったが、左腰には薄汚い姿には似つかわしくない立派な剣を携えている。 宝石が散りばめられ細かい装飾が施されている鞘に納まる剣。 特に目を惹かれるのが、陽光で虹色に輝く球状型の鍔である。 どのような意図を持って鍔を球状型にしているのかは、一見では分かるはずも無いのであった。 ところで、半袖シャツから覗かせる青年の右上腕には、タトゥーらしき物が見られる。 タトゥーはこの世界では特に珍しい物でもなく、多くの人々が様々なモチーフで自らの体に刻み込んでいた。 青年のこれは何の絵柄なのだろうか、何かの紋章のようにも見えるが見方によっては、火傷で負った傷跡のようにも凄い力で引き千切られた傷跡のようにも見えた。 このようにサッチャンと青年の出で立ちは、騎士とそれに捕らえられた罪人と言ったような感じだった。 穏やかな時間が流れる楽園のような中庭に、いつもの如くサッチャンの小言が響き渡った。 「まったく、もう! 一体、何度サボってると思うんですか? 隊長が今日も 歩きながら顔だけを青年に向け声を張り上げるサッチャンに対し、青年は悪びれる様子も無く平然と言ってのける。 「何度って言われてもなぁ、今までに出た回数を数えた方が早いんじゃないの? ・・・って、ん!?」 サッチャンの言葉に何か引っ掛かたのだろうか、怪訝な顔をする青年はピタリと歩みを止めてしまう。 「鼻ちょうちん!? そんなの作って寝てたの? 俺!?」 どうやら青年の頭に引っ掛かったのは、鼻ちょうちんだったようである。 まったく反省の様子を見せない青年に、サッチャンは目を細め横目にじっとりとした冷たい視線を突き刺すと、嫌み一杯に言ってやる。 「鼻ちょうちんは冗談です。でもその内、鼻ちょうちんで空を飛んで何処かへ風で飛ばされちゃうんじゃないですか」 「いや、それはない」と真顔で否定する青年が続ける。 「にしてもびっくりしたぁ! 鼻ちょうちん作って寝てたなんて、そんなかっこ悪い事ないからなっ!」 1人愉快そうに笑いながら話す青年に、サッチャンの小言はまだまだ続く。 「隊長! 真面目に反省して下さい! 超帝国騎士団の幹部や貴族議員達がいい加減カンカンになっていたんですよ!」 「ふぅ~ん、あっそう」 青年はサッチャンに詰め寄られてもまったくのお構いなしな様子。 そんな反省どころかまるで無関心な青年にもめげずに、サッチャンはしつこく食い下がった。 「あ、あっそうって隊長っ! 貴族議員の中には〈 「はぁ!? 議会サボったぐらいで天矢府へ通告!? ばっかじゃね~の」 「ば、ばっかじゃね~のじゃないですよ! 隊長は自分の立場を分かってるんですか! ウェザー4個隊、内1個隊の騎士隊長なんですよ!」 「そうだよ」 「・・・・・」 ヒートアップするサッチャンの追撃にも青年は平然と答える。 しかしサッチャンの方は呆気に取られてしまい次の言葉が出て来ない。 こうして2人の間に妙な沈黙が訪れるのであった。 2人の会話にあった天矢府とは、アークシール超帝国における唯一の立法機関であり、超帝国の最高機関である。 今ではその権力は政治・軍事共にアークシール皇帝と同等、場合によっては数の力により、それ以上の力を有する事もあるのであった。 日々急速に発言力が増して行く天矢府は、巷で〈 影の皇帝 〉と囁かれている。 アークシール超帝国は君主制ではあるが、皇帝による絶対君主制ではなく民主制の強い国家である。 これはこの世界において極めて稀有な事で、この体制が今の帝国に繁栄をもたらしているとも言えた。 尚、軍事機関の中でもアークシール皇帝直属の組織である〈 ウェザー騎士団 〉においては、例え天矢府であっても皇帝の許可なくして、その権力を執行する事は出来なかった。 ( ピピーチュ ピチューピ ッピピピピーー ) 青年とサッチャンを挑発するように鳴き声を上げる小鳥達。 そんな中で意図も簡単に沈黙を破ったのは青年だった。 「それよりもさぁ、覇王樹の枝の上って凄ぉ~く気持ち良く寝れるんだぜ! サッチャンも今度試してみっ!」 「何がサッチャンも今度試してみっ! ですか! ハァーァーー」 青年の口調を真似して反撃に出ようとしたサッチャンであったが、怒らせていた肩の力を一気に落とすと、もうこれは何を言っても駄目だと溜息を付くのであった。 こんな2人のやり取りはいつもの事であり、本日も至って平常運行である。 廊下を歩く2人は中庭を通り抜けると、蒼天の騎士隊本部を目指し片側が屋外に面した隊舎内の廊下を歩いて行く。 優に20メートルはある天上高く作られた廊下。 その天井を支える何十本もの太い柱と柱の間からは、陽の光と空の青さが競い合うようにして差し込んでいた。 きめ細かい砂埃や塵が陽射しに照らされ浮遊する様は、何とも幻想的な空間を演出している。 しばらく黙って歩いていた2人であったが、青年が思い出したようにサッチャンに話を切り出した。 「あいつ、今どうしてる?」 「榊 剣一の事ですか?」 先程までのやり取りから、なんとか平常心を取り戻したサッチャンに青年は話を続ける。 「バネッサの入隊許可は下りたんだろ?」 「はい。一昨日、救護隊から無事に〈 右腕 〉と共に復帰しました」 「ぁ~あ。結局、腕落とされたのか!」 「はい。バネッサ副隊長に派手に切り落とされてました」 青年は組んだ両手を頭の後ろに回しながら、愉快そうに呑気に笑った。 腕を切り落とすとは物騒な話だと言うのに、サッチャンも気持ち微笑んでいる。 「しっかし、よくめげずに隊に戻って来たもんだなぁ」 「はい。彼がこの世界で生きて行くには隊に留まるのが最良ですから。それに何故かコールにひどく気に入られたみたいで、昨日もアッシュを含め3人で何やら楽しそうに騒いでいました」 青年は嬉しそうにサッチャンの話に耳を傾けていた。 「そっかそっか、あいつサッチャンとは違って順応性が高いんだな。それだけ打ち解けられているんなら、何の心配も問題もないなっ!」 青年は一人満足したように頷くのであったが、サッチャンの表情はなぜか青年とは対照的なもので不安の色を覗かせていた。 「っん!? どうしたサッチャン、浮かない顔して。何か問題あるの?」 「実は先日の〈 入隊許可儀式 〉後、ちょっとした事件が起きちゃいまして」 「事件!? まさかセンヤ婆さんの予言と何か関係あんのかな?」 青年は怪訝な表情でサッチャンを見る。 サッチャンは重たい口をこじ開けると、事の成り行きの一部始終を青年に語り出すのであった。 「バネッサ副隊長、連れて参りました」 「御苦労様サッチャン、あなたも皆と一緒に下がっていなさい」 「はい」 剣一を闘技場へと連れて来たサッチャンは、黙って副隊長の指示に機敏な動きで従った。 屋外にある屋根の無い闘技場の上空は、晴れ渡っていた先程までとはうって変わり、すっかりとドス黒い雲に覆われ今にも雨が降り出しそうな気配だった。 |
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