ト ラ ン セ ン ド ・ ブ ル ー  ×  ナ イ ト ラ ン ド

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 鳴り止む事の無い雷が大気を震わせ、降り止む事の無い雨が大地を濡らす。
 バネッサに対して非情な斬撃を放った剣一が、再びバネッサの前にゆっくりと不気味に歩み寄る。
 その光景はまるで、これから死に逝く者の前に立ちはだかる大鎌を携えた死神のようだ。
 そんな剣一の蒼き瞳は虚ろに妖しく光り、まるで焦点が定まっていなかった。

「・・・剣一、まさか意識が!?」

 バネッサが剣一の異変に気付いたと同時に、再び剣一の凶暴な斬撃が容赦無くバネッサを襲う。
 明らかに先程までの剣一とは様子が違っていた。
 一切の迷いの無い斬撃、そこにあるのは強烈なまでに無機質な殺意だけであった。
 斬撃を放つ際の剣一の異常なまでの踏み込みによって、闘技場のぬかるむ地面が大きくえぐれる。
 左の片腕となった剣一から繰り出される斬撃は、綺麗な水平線を描くようにバネッサの首筋を目掛け一直線に向かっていた。

「・・・しょうがない子ね」

 鋭い眼差しを剣一へと向けるバネッサの表情に、緊張が走り険しさを増して行く。
 バネッサは自らの腰に携える剣の柄を右手で逆手に握り締めた。
 そして、剣一の斬撃がバネッサに届くその刹那、バネッサは剣を垂直に鞘から一気に抜き放つのである。

 いったい、何と何が接触したらこれ程の衝撃音が出ると言うのであろうか。
 その音は剣同士がぶつかり合った音にしては異常なまでに重々しく、まるで巨大な鉄柱同士が激しくぶつかったかのような音で闘技場に響き渡った。

 バネッサの首筋を目掛け放たれた剣一の水平軌道の斬撃は、バネッサが逆手で垂直に抜き放った剣により完全に防がれていた。
 ギリゴリと音を立て火花を散らし、凄まじい鍔迫つばぜり合いのまま2人の動きが硬直する。

(くっ・・・、なんなのこの圧力は!? 剣本来の重さを考慮しても左腕一本でこの重圧は有り得ない)
 そう心の中で呟くバネッサは、自らの剣の腹に左手を添えると猛獣のように押し斬って来る剣一の剣に対抗する。

 息も尽かせぬ緊迫した鍔迫り合いが続いた。
 耳障りな金属音が悲鳴を上げるように、剣に亀裂でも入ってしまいそうな音に変わっていく。

 音の変化に気付いたバネッサは、すぐさま自らの剣を引き適度な間合い取ろうと大きく後方へ跳躍するのだが、剣一はその一瞬の隙を逃さなかった。
 追う様にしてバネッサとの間合いを詰める剣一なのだが、その間合いの詰め方は明らかに異常なものであった。

「・・・・・!?」

 まるで瞬間移動でもしたかのような剣一の移動速度に、バネッサは無言で自らの目を疑った。
 そしていつの間にか、バネッサの目前で上段に振り上げられている剣一の狂剣が、無情にバネッサを切り裂かんと襲う。

 目の前で起こるであろう惨劇が頭を過ぎったのか、この場に居合わせる蒼天の騎士隊員の誰もが目を反らした。
 そして当のバネッサ自身もゆっくりと視界を閉じる。
 完全にたいが流れてしまい到底かわし切れない剣一の斬撃を前に、致命傷は免れないとバネッサは覚悟を決めるしかなかったのだ。

 しかし、刹那の沈黙が訪れた闘技場には、バネッサの悲鳴もその肉体が斬り裂かれる不快な音も響く事はなかった。
 ただ闘技場に響いたのは、此処に居合わせる誰もの絶望した心に活を入れるかのような金属が爆ぜたかのような音。

 激しい金属音でゆっくりと目を開くバネッサの視界には、蒼天の騎士が纏う蒼きマントが悠然と翻っている。

「・・・これは、重い。妖精族や精霊族が鍛える刀剣並み。いや、それ以上の業物わざものか!?」

 誰にでもなくそう呟く者の姿は2足で立つ半人半蛙とでも言ったら良いのであろうか、人ではなく見まごうことなき蛙の姿をしている。
 余りの突然の事の成り行きに、騎士隊員の大半が唖然とせざるを得ないでいた。

「蒼天の騎士ともあろう者達が、揃いも揃って呆けとるでないわ!」

 騎士隊員達にそう一喝する蛙の騎士は、爆音と共に受け止めた剣一の斬撃をいなすと充分な間合いを取った。
 突如現れ、バネッサの窮地を救った人間と何ら代わらない立ち居振る舞いをする蛙の姿をした騎士。
 この身長150センチ程の老騎士の正体は、蒼天の騎士隊 先任騎士 フロッグマン・リバルートである。

 先程の騎士隊員達への一喝とは打って変わり、フロッグマンが隣に立つバネッサへと静かに口を開く。

「バネッサや、らしく無いのぉ・・・ お主が抗う事を諦めるとは」
「・・・・・・」
陽溜ひだまりを出て暫く経つが、すっかり牙でも抜けたかの?」
「・・・そう、かもしれないわね」

 フロッグマンの問いに、バネッサは歯切れ悪く答えた。
 消え入りそうなバネッサの言葉を聞き流すようにして、フロッグマンは剣一に対して剣を構える。
 そんなフロッグマンに呼応するかのように、気を持ち直したバネッサもまた自らの剣を構えた。

 剣一の姿を視界から外さないまま、フロッグマンへと一瞥いちべつをくれるバネッサ。

「ここ数週間、見掛けなかったわね」
「ちょっとな、皇帝からの特別な指令での。ジー坊とウェザー各隊の先任騎士の5名で〈 虚空界こくうかい 〉へ遠征しておったんじゃ」
「スカイワールドへ!? ・・・しかも凄い編成で、余程の任務だったようね」
「まぁの」

 会話をする2人へと意識の無い剣一が亡霊のように静かに歩み寄る。

「この話は後じゃ。今はこのわっぱをどうにかせんとな」
「そうね」
「バネッサや、童の斬撃は出来得る限り受け流して対応するのじゃ。お主の剣が幾ら強度の高い〈 刻印ノ剣 〉とあっても、判断を誤れば砕かれてしまうぞい」
「えぇ、分かったわ」

 バネッサとフロッグマンの剣を握る手に力が入る。
 意識の無い剣一が2人の間合いギリギリの位置で止まると、片腕で中段に空の構えで構えた。
 標的を絞るように剣の切っ先が、フロッグマンの頭部へと向けられている。
 雷雨のせいだけではなく、大気が刺す様に揺れる。

「意識が飛んでおるというのに、大した神気を放ちおって。そして恐ろしい程に澄んだ清浄の神気じゃ」

 無意識で放たれる剣一の気を感じ取ったフロッグマンは、何かを思い出して懐かしむように目を細める。

「ジー坊の言っておった通りじゃ。この懐かしい神気とその蒼き瞳。我が最上の友であった偉大なる騎士と対峙しているかのようじゃの」

 感慨に浸るフロッグマンの顔から次第に哀愁の色が消えて行き、小さく一言呟くのである。

 「童、この間合いは、既にワシの懐の中じゃよ」

 フロッグマンは躍動感溢れる俊敏な跳躍で剣一との間合いを一気に詰めると、その動きに連動するように肩越しから大きく上段で剣を振るう。
 しかしどうした事か、勢い良く振るったはずの自らの剣を、弧を描いている途中でピタリと止めてしまうフロッグマン。

 「・・・なっ!?」

 フロッグマンが驚愕するのも無理はなかった。
 不意に剣一の顔がフロッグマンの目の前にぬうっと現れたかと思えば、既に上段に構えられた剣一の剣がフロッグマン目掛けて振り下ろされているではないか。
 フロッグマンはすぐさま左手で掴むようにして剣一の右肩後部を突くと、自身に襲い来る剣をかわしながら剣一の後方へと大きく飛び退いた。

 瞬間移動でもしたかのような尋常ならざる移動速度で斬り掛かって来た剣一に対し、信じられないと言った表情で目を向け、肩が揺れるほど大きく息をつくフロッグマン。

「馬鹿な・・・ お主いま、何をした!? ・・・いや、何を斬った!?」
「今のは私の時に見せた動きと同じだわ」

 フロッグマンの問いに意識を失っている剣一が答える筈もなく、そう口を開いたのはバネッサだった。

「童の潜在的な能力か? それとも剣に秘められた能力か?」

 呟きながら舐める様に剣一の事を観察するフロッグマン。

「切断された右腕からの出血が完全に止まっておる。これは剣と肉体が魂のレベルで強く結ばれておる時に見られる同化現象。しかし魂は完全に剣に支配されておるようじゃな」

 フロッグマンの見立てに、同じく剣一を観察していたバネッサが同調するように答える。

「剣一程の熟練者ならば、剣との同化は何も珍しい事じゃないわ。しかしこの場合の同化の仕方は普通じゃない。これは剣の方に何かありそうね」
「うむ、そうじゃの」

 剣一を挟んだ形で、バネッサとフロッグマンの言葉が行き来する。

「幸い、この程度の束縛ならば一瞬で充分じゃな」

 何やら意を決したフロッグマンが雷雨に負けじと声を張り上げる。

「バネッサや、どんな手を使っても良い。童の血流を著しく乱すのじゃ!」

 そう指示を受けたバネッサが剣一越しにフロッグマンを見やる。

「全開で行くぞい! タイミングは全てそちらに合わせる!」
「わかったわ」

 バネッサが返事と共に首を僅かに縦に振り頷いた。

「悪いのぉ、童。これでしまいじゃ」

 目を細めるフロッグマンの眼差しに鋭さと凄みが増して行く。
 そして一言ゆっくりと、豪雨の中であってもはっきりと聞き取れる声が淡々と闘技場に響いた。

「秘技。かわず剣術〈 万躍ばんやく 〉」






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