ト ラ ン セ ン ド ・ ブ ル ー × ナ イ ト ラ ン ド
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紫黒色の髪を優雅になびかせるその立ち姿は、妖艶でいて気高くもあった。 ディザイアは、バネッサが所有する剣〈 切望 〉に宿る〈 度々、精霊などと同一視される事もあるだが、其の実はまるで異なる存在であると考えられており、アークシール超帝国はもちろん、世界中で学者や道術師、研究機関が究明に尽力している。 一部の研究者や道術師の間では、ゼロンとマオニは、対となる存在であるとか、同一の存在であるという憶測も飛んでいるのであった。 ディザイアは首を傾げ、背後で憔悴し切ったバネッサへと視線を流すと、おもむろに口を開いた。 「この 「・・・何の話だ」 ディザイアは王雀の声に耳を貸す事もなく、バネッサに言い聞かせるようにして言葉を発し続けた。 「それでもまだこの 「だから、何を言ってお・・・」王雀の声を遮り、ディザイアはバネッサに優しく語り掛ける。 「あなたが命を落とすような事があれば、その時は・・・ 私も共に逝ってあげるわ」 「・・・・・・!?」 バネッサの知っているいつものディザイアとは思えぬ言葉に、バネッサは涙を堪える思いで歯を食い縛り目を瞑る。 そんな一時のらしくないディザイアが、いつもの調子で目の覚めるような声をバネッサに浴びせるのであった。 「バネッサ・アークシール! 自らの命を糧とし、この場を治めなさい!」 ディザイアの言葉がバネッサの脳裏を駆け巡る。 「・・・言われるまでも、ないわ」 折れ掛けていたバネッサの心に、その瞳に闘志の輝きが蘇り、その声色には覇気が感じられるのであった。 (偉いわよ、私の可愛いバネッサ)ディザイアの心の中の声は、まるで自らの娘を想う母親のように優しく、そしてバネッサに注がれる眼差しは慈愛に満ちていた。 ふとディザイアは視線を、バネッサの着用する隊服の上から下へと移して行く。 激しい攻撃によって無残に千切れた隊服の各部が、王雀の放つ炎熱の衝撃波で翻っている。 バネッサの体の至る所は切創と熱傷で出血しているが、ディザイアの関心はそこには無かったようだ。 膝よりも少し上で太ももの辺り、チラチラと翻る隊服の隙間から、バネッサの白魚のように透き通った肌があらわになっていた。 「女の子がいつまでも淫らに肌を晒すものじゃないわ」 唐突で脈略の無いディザイアの言葉に、きょとんとした表情を見せるバネッサに、思わず笑みがこぼれる。 「フフフっ、そうね」 王雀の攻撃が続く最中でのバネッサのその笑みは、王を不愉快にさせるには十分であった。 「これから死出の旅に発つ者が何を笑う。何がそれほどまでに愉快か」 バネッサは満面の笑みで答えた。 「ディザイアと共に歩む死の旅路なら、それはきっと愉快な旅路になると思うわ」 「そうかしら?」とすかさずのディザイア。 『ンフフっ』と、愉快に笑うバネッサとディザイアのまさに火に油を注ぐ言動が、王雀の不快感を増大させる。 「どの口が、戯言を吐いておるか!」 怒号と共に王雀の攻撃の手が、一段と強まって行くのであったが、輝きを取り戻したバネッサの魂が、再び怯む事はない。 「この力だけは極力使いたくはなかったわ。死を免れたとしても、後でエドゥワードに何を言われるのかしら・・・」 ひとり心配事を呟くバネッサにはもう、後先を考える選択権など残されてはいなかった。 「命を賭して・・・ 王雀を討つ!」 何を思ったのか、バネッサは防御姿勢を解きディザイアの前に歩を進めると、大地に突き刺していた剣を素早く引き抜き、発動させていた〈 剣が大地から引き抜かれた途端に、魔方陣の楼閣がフッと消えて無くなる。 それと同時に、バネッサとディザイアの壁となっていた水霊王の守人 ウゥルタの姿もまた、ただの水となりその場に崩れ流れるようにして消えて行くのであった。 「・・・!? 何を企む、小賢しい」 完全なる主導権を得ても尚、攻撃の手を緩める事のない王雀のその声色には、明らかに警戒心が漂っていた。 王の心情に再び(やはりこの小娘、何か危険だ)と警笛が鳴らされている。 衝撃波に乗った炎熱の刃が、再びバネッサの肉体を弄び、その度に血飛沫が舞い上がる。 帝国全土においても、絶世の美女と謳われるバネッサの美しい顔に傷が一つ、また一つと増えて行く。 しかし、そんな事はお構いなしなのか、剣を手にしたバネッサの表情は、決意と覚悟をあらわにガラリと豹変していた。 透き通るように凛としたその顔には、ディザイアの言う女の子の影は無く、印道術師であり剣士、死に追われる者ではなく、死を追う者の気概で溢れていた。 剣を眼前に垂直に構えるバネッサが、唐突に自らの親指を強く噛み切った。 そして出血する親指を剣の刃の根元から先端に向かって、滑らすように 「王雀よ・・・ あなたから見れば取るに足らない小さな人間であろうとも、例え神話や伝説で語られる王であろうとも、死は唯一平等にして必ず訪れる事を知るがいい」 バネッサの不可思議な行動、そして静かで異常なまでの気迫を感じ取った王雀が目を見開いた。 「小娘・・・ まさか!?」 何かを感付いた王雀をよそに、バネッサが数百年に1人の天才印道術師と呼ばれる所以、印道術究極の印式が始まろうとしていた。 風が、雨が、まるで怯えるようにして、バネッサを避けて行った。 バネッサの目が、鋭く妖しみの色を浮かべている。 そして、自らの血で艶やかに染まった口元が、終焉を告げる詠唱と笑みを浮かべるのである。 「時は薄弱な魂の救済を頑なに拒絶し、軟弱な魂を嘲笑い押し潰す。時空を超えよ。高らかに吼えよ。万物を捻じ伏せろ。 そう叫びながらバネッサは、自らの血を擦り付けた剣を今一度大地に深々と突き刺した。 「 それはとても信じられない光景だった。 驚くべき事に剣に擦り付けられた血液が、ズルズルと大地を這い出しかと思えば、その血はまるで バネッサの目の前に展開されたそれは、まさに血で作られた蜘蛛の巣であった。 そして、いつの間にか闘技場は、何処からとも無く発生した霧により包まれて行く。 霧の中に現れた血液で作られた巨大な蜘蛛の巣。 その蜘蛛の巣の中央部分には、電光掲示板のようなモニターらしきものが長方形にかたどられている。 そこは周りよりも血が密集しており、時より電気ノイズが発生していた。 そして機械的な音声と共に、血の密集するモニター部分にフッと文字が浮かび上がるのである。 ( connection ...) その瞬間、世界から時間と言う概念の消失、いや、概念以前の時間そのものの認識が消失したのであった。 くすんだ輝きを放ち続ける稲光に、雨粒が風に煽られたまま不揃いな姿を露にしている。 王雀が纏う火焔の揺らめきも、放つ炎熱の刃や衝撃波も、ハッキリとした形として、その場に留まっている。 観戦席で見守る騎士隊員達の心臓の鼓動までもが、脈打つ事を放棄していた。 この世界の根源の一つとも呼べる時間が、不可思議にも完全に静止してしまっているのである。 時は世界に排除され、存在できる場所を探し求める事も許されぬ領域。 そう、此処は、 |
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