ト ラ ン セ ン ド ・ ブ ル ー × ナ イ ト ラ ン ド
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バネッサ・アークシールが異界の地よりレム・シューガナイザーを一時召還した時、闘技場のある蒼天の騎士隊隊本部から数キロ離れた場所では、雷雨の降り注ぐ中で1人の男が佇んでいた。 耳に軽く掛かる男の金色の髪が、風雨に煽られ揺れている。 髪から滴る雨粒や額や頬に吹き付ける雨粒の滴りなど気にする事も無く、男は静かに闘技場のある方角を見据えている。 王火雀との死闘に決着を付けるべくして、レムが〈 男はタイミングを計ったようにして腰に携える剣を右手で引き抜くと、そのまま自身の右肩の上に剣身を宛てがい担ぐ様な格好で構えるのであった。 そして、機巧化され常人離れしたレムの聴力に悟られまいとしているのか、男は小さく印道術の詠唱を呟き始めるのである。 「屈辱に塗れた闇の中で光に見放されたのなら 今は亡き想い人に縋れ 明日に裏切られ虐げられた夢に罵られたのなら 絶望の中で墓標に悪魔の名を刻め」 男の詠唱に応えるようにして、剣がカタカタと震えると淡い白色の光を放ち出す。 「生と死の狭間で鋼の魂を手にしたのなら 最果ての地へと旅立つ事を許そう 無という概念の認識が拒絶され存在すらも許されぬ 常しえの〈 彼方 〉へ・・・」 詠唱を終えた男の口元がニヤリと頬の筋肉を引き上げられると、印道術の発現を口にするのである。 「 男の言葉に、構える剣が強く反応を示すと、黒色と白色に輝く泡のような物質が、バサリバサリと大型の鳥が羽ばたく様にして、忽ち剣身を覆って行くのであった。 金色の髪の男は、不気味な解印術を纏った剣を構えたまま、虎視眈々と獲物を狙うが如くの視線を、降り頻る雨の幕で視界を閉ざされた闘技場へと向けたまま、再び雷鳴の中で静かに佇むのであった。 王火雀との死闘の間も激しく降り続いて雨は、雷鳴も随分と遠ざかり弱まる気配を見せていた。 十王の左手により王火雀を消滅させ戦いの幕を下ろした闘技場では、レムがバネッサの心の臓に突き刺していた刻印ノ剣を引き抜き、印道術を完全に解除するのであった。 無重力であるかのようにふわりと浮き上がり、爪先立ちとなっていたバネッサの身体が、術の解除と共に膝から崩れ落ちる。 度重なる王火雀からの攻撃はもちろん、印道術〈 十王凱旋 〉を発動させた事による極めて高い肉体と精神への負荷も加わえて、バネッサの姿は酷く痛々しい有様だった。 そんなボロボロのバネッサの背中に優しく手を廻すレムは「よく、頑張ったね。バネッサ」と、ゆっくりと労わるようにして、その場に立たせてやるのである。 「ありがとう、レム。大丈夫よ」 礼を言うバネッサは、レムの支えを借りなんとか立ち上がれるような状態であったが、根っからの負けず嫌いな性分もあり気丈に振る舞って見せる。 その姿は蒼天の騎士隊の副隊長として、周りで見守る騎士隊員達への示しを付ける意味合いも含まれている事なのであろう。 バネッサは騎士達の模範としても、超帝国の皇女としても大勢の人々に慕われ信望のある存在なのだ。 どんなにボロボロになり痛ましい姿を晒そうとも、その輝ける気品だけは誇示しなければならない身分なのである。 立ち上がり雨空を仰いでいたバネッサが、手の甲で傷付いた頬を拭いながら力無くレムへと微笑んで見せた。 世にも美しいバネッサのその顔が、雨粒と混じりながら血で滲む。 そんな血で汚れたバネッサの顔を、レムが優しい眼差しで見詰めながら「大したもんだよ、べっぴんさん!」と口にすると、バネッサは照れたように再び微笑むのであった。 いつものニカニカ顔に戻ったレムは、すれ違うようにして笑顔のバネッサの横に歩を進めると、おどけながらポンッポンッとバネッサの左肩を左手で軽く叩いてやる。 「超帝国ご自慢のお姫様なんだから、もうあんまり無茶な事はしないで・・・よ・・・!?」 レムが唐突に動揺し言葉尻を濁すと、何かに気付いた様に顔を地平よりも上えと傾けるのであった。 先ほどまでのニカニカ顔は急速に息を潜め、恐怖と焦りの表情で固く強張っている。 機巧化されているレムの右目が、カメラのレンズを絞るように前後に動き、左、右に回転をしてピントを合わせていく。 そうして精巧精密な機械の右目だからこそ捉える事が出来たのは、ここ闘技場より数キロ先の帝都アクシルの中央にそびえ立つ皇帝大宮殿であった。 すっかりと勢いを失った雨の幕の先、並の視覚機能ではまるで視界など効かない皇帝大宮殿の方角を見詰めたまま、レムは微動だにしなかった。 急激なレムの心境の変化に、疲労困憊を極めるバネッサは当然のように気付いてはいない様子である。 そんな急変のレムが1歩2歩と前に歩を進めると、バネッサには聞こえない呟き声を上げるのであった。 「これは、また・・・ とんでもない御方が、そこで一体何を!?」 レムが見詰める先、もちろん皇帝大宮殿からも闘技場への視界などまったく無い。 大宮殿の最上階に備えられている随分と広いバルコニー、横幅は20メートル、奥行きは10メートル程であろうか、そこには3つの人影があった。 1つはバネッサに頼まれ、皇帝の下へ緊急の報告に走ったフロッグマン、そしてもう2つ。 2つの内の1人は、抜き身の剣を右肩に担ぐ様な格好で闘技場に向かって構えているのであった。 そう彼こそが、王火雀との戦いの最中で詠唱を行うレムに合わせるかのように、同じく印道術の詠唱を行った金色の髪の男である。 視界がまるで利か無いにも関わらず、金色の髪の男の姿を、闘技場に居るレムの機巧化された瞳が確実に捉えているのであった。 レムの左半面のニカニカ顔の笑みは男を確認した途端に消え失せ、恐怖と怒りの混じった瞳で睨むように注目している。 そんなレムが震えるように怯えるように、金色の髪の男に尋ね呟くのである。 「観るからに強力な解印術だって事は一発で分りますよ・・・ 問題なのは、そんな凶悪なものを剣に纏わせて、一体誰に向かって放とうとしているのかって事なんですよ?」 フロッグマンの隣で構える男の剣からは、どす黒い泡のような物質と発光しているような白い泡のような物質が、次々と沸いて立ち昇っては消えてを激しく繰り返している。 時より鳥が翼を羽ばたかせるような動きに見えるその黒色と白色の泡のような物質は、まるで死と再生を象徴しているようでもあり、その泡をよく観察して見れば、何らかの古代文字が蠢いているように見えなくも無いのであった。 男の持つ剣が古代文字のような泡を帯びる様が精細に見えているのか、それを理解し目にするレムの口元は完全に引き攣っていた。 レムが再び、剣を身構える金色の髪の男にゆっくりと、そして慎重に問うのである。 「一体誰に、それを、放とうと、しているんです?」 「・・・・・・」 念を押すようなレムの声など聞こえていないのだろうか、当然のように男は無言である。 しかし、レムは男の無言を否定し執拗に問い続けるのである。 「答えて下さいよ・・・ あなたなら聞こえているんでしょ? 我らの黒騎士様と閻魔様に手向かう大罪人、ワードナリー・アーク・・・ いや今は、エドゥワード・アークシールと名乗っているんでしたっけ?」 怒気を含んだ言葉からは、レムの震える要因が、恐れから怒りへと荒らかに移り変わって行く様が、簡単に見て取れるのであった。 物理的に聞こえるはずも無い闘技場から見据えるレムの呟きに、今にも振り被った剣を放たんとする男は薄っすらと笑みを浮かべているではないか。 ニヤリとしたその笑みは、レムの事を小馬鹿にしているようにも見えた。 そして愉快そうに、それでいて冷淡に一言、男はレムの質問に答える様に言い放つのである。 「・・・さぁーな」 機巧化されているレムの右耳は、この距離でおいても男の言葉を聞き逃す事はなかった。 「なーんだ、やっぱり聞こえているんじゃないですか。エドゥワード・アークシール!」 男の名を口にしたレムの顔には、最早いつものニカニカした様子は微塵も見られなかった。 金色の髪の男とレムの間には、何か余程の因縁めいたものでもあるのであろう。 十二分に怒気を含んだレムの言葉が、男へと真っ直ぐに放たれる。 「あなたがバネッサの力の大半を封印していなければ、バネッサはこうして傷付いてまで、零印を使い我々を呼び寄せる必要はなかったんですよ! いったい、あなたは何が目的なんですか!?」 レムに怒りを向けられる男ではあったが、まるで道端に転がる小石を無意識の内に蹴り飛ばすように、平然と口を開くのであった。 「俺の目的だと? くだらねぇ!」 金色の髪の男は、害虫でも見るように蔑んだ視線をレムに向けたまま続ける。 「そんなに知りたきゃ、さっさと帰って閻魔のババアに、聞きゃーいい」 |
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