ト ラ ン セ ン ド ・ ブ ル ー  ×  ナ イ ト ラ ン ド

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 雲一つの存在すら許して貰えそうも無い程に晴れ渡る青空の下、蒼天の騎士隊本部のある隊舎本館へと真っ直ぐに続く屋外回廊を並んで歩く2つの人影。
 ヨレヨレの半袖シャツに膝の辺りで切られたパンツ姿という余りにもラフな格好の青年に、兜は装着していないものの全身に青みがかった鎧を纏い腰には1本の細身の剣を携える少女が、何やら一生懸命に話し掛けている。

 此処はウェザー騎士団の4個騎士隊全ての騎士隊本部が、外周距離にして約50キロメートルという広大な敷地の中に、各隊で区画され置かれている駐屯地である。
 先の王火雀との死闘が繰り広げられた闘技場も、蒼天の騎士隊へと区分けされたこの駐屯地内に建てられている施設の一つである。

 ウェザー4個騎士隊の本部が全て集まる程の駐屯地だと言うのに、青年と少女以外の騎士隊員の姿がまるで見られないのだが、それには大きな理由が2つあるのであった。
 それは、単純にウェザー騎士団に所属する騎士の絶対数が、アークシール超帝国の主力である超帝国騎士団と比べてみても、圧倒的に少ないからであり、近年ではその絶対数を更に縮小して行く動きが見られ、いずれは超帝国騎士団へと統合されるのではないかとも囁かれていた。
 そしてもう一つ、ウェザー騎士団は団単位ではなく隊単位、更には小さく部隊単位で任務に当たる事が主である為に、常日頃から騎士隊員達は自らが所属する各部隊駐屯地に滞在しているからである。


 先日の闘技場での出来事について、サッチャン・マグガバイから報告を受けていた銀髪の青年が両腕を目一杯に上げて背伸びをすると、回廊に対して並行するように等間隔で植えられた樹木の枝で羽根を休める小鳥達の囀りに混じって、
「・・・うっ、あぁーーー」と大きな欠伸をするのであった。

 一通りの報告を受け派手に欠伸をする青年を、サッチャンのクリクリとした綺麗な瞳がジト目で、突き刺さるような非難を色を表しながら注視している。

「・・・隊長、私の話、ちゃんと聞いていましたか?」
「うーん、フロッグマンが登場した当たりまでは、何となく聞いてたかもなぁ・・・ って、話が長いよ! サッチャン! どれだけ長いんだよ!」

 声を張り上げながら文句を言う青年に、サッチャンは信じられないと言った様子で言い返してやる。

「これが一部始終なんです! それに幾ら話が長いからって、大事な箇所は、ほとんど聞いていなかったって事じゃないですか!」と、サッチャンは立ち止まり青年を指差し激しく指摘するが、青年は「そうでもないよ~」と、今度は落ち着き払った口調で、まるで気に留める様子もない。

 青年の返事を耳にしたサッチャンは、まるで意表でも突かれたかのような驚きの表情で、青年の顔を見詰めたまま少しの間、身動きを忘れ固まってしまうのであった。
 がしかし、このサッチャンの反応は特に可笑しな事でもなかったのである。
 それは、いつもの会話の展開なら青年は「そうだよ」と悪びれる様子も無く呆気らかんとして肯定するものだが、今回は違ったのだ。
 いつもの青年の返しとは違う事に「・・・っえ!?」とサッチャンが少し戸惑うのだが、青年はすぐさまニヤリと笑みを零すのである。

「王雀の正体や、印道術の話なんて興味無いんだよなぁ。そう俺に取って重要なのは、榊剣一が清浄流の使い手だったって事だな! サッチャン知ってるか? ナイトランドの遥か東の大陸で発祥した清浄流ってのは、この世界に存在する全ての武道術の起源であり、体道術の源流なんだってよ!」

 目をキラキラとさせながらはしゃぐ青年に、サッチャンは少し戸惑い気味でもあったが、青年はお構い無しに会話を続ける。

「ナイトランドにも天照清浄流やそこから分派した清浄流を使う奴ってのは多少は居るようだけど、あいつの清浄流は天地清浄流って言うんだろ? 俺がまったく知らない清浄流だぞ!? こんなの興味を魅かれないわけないんだよな!」

 余りにも嬉しそうな表情を満面に浮かべる青年に対して、サッチャンも先程までの興奮も治まったのか、少し落ち着きを取り戻していた。
 そして、青年の余りのテンションの高さに何かを勘付くと、すぐさま青年に釘を刺すのである。

「隊長、もしかして今、榊剣一を潰してやろうと考えてましたよねぇ?」
「そうだよ。何で分ったの?」と、何やら物騒な事を恐ろしい程にアッサリと認めてしまう青年。

 サッチャンは自分の悪い予感が当たってしまった事に対して、額に右手を当てながら大きく溜息を付いた。
 その溜息は、この場に剣一が居なくて良かったという安堵の溜息でもあったのである。

「私、以前バネッサ副隊長から聞いた事があるんですよねぇ」
「バネッサから? 何を?」
「過去に隊長がナイトランド中を巡って、道場破りのようなノリで清浄流の使い手を潰して歩いて回ったって話です」

 青年はサッチャンの話しに、そんな事もあったなという程度の調子で「若気の至りってやつだな」と言ってみせるのであった。

 サッチャンは青年に聞こえないような小声で「まだ充分に若いじゃないですか」と呟くと、思い出したように嫌味を含みつつ、今度は確実に聞こえるように言葉を口にする。

「そんなまだまだ小さな子供のようにはしゃぐ隊長に会わせてほしいと、榊剣一が連日のようにしつこくバネッサ副隊長に申し入れているんですけど!?」

 どう見ても軽く睨んでいるサッチャンの視線に、青年は気付いていないのか
「っん? 俺に会わせろって、なんでまた?」と、不思議そうな表情を作ってみせる。

「それが、隊長も清浄流の使い手だという事を、何処かしらで耳にしたみたいなんですよ」
「へぇ~え。まっ、使い手だって言っても、俺の清浄流は我流まみれの泥まみれで、本来の清浄流のように美しくて綺麗なもんじゃないけどな」と、青年は一応は納得してみせる。

「彼にとって清浄流は、この未知の世界での唯一の繋がりなのかもしれないのだから、それに縋るのは必然の事だと副隊長も言っていました」

 そう言うサッチャンの表情は、自らもこの未知の世界に来たばかりの頃の体験が頭を過ぎったのか、切なく影を落とすのであった。
 しかしそれは一瞬の事で、サッチャンは淡々と話を続ける。

「実はその隊長との面会の事で、バネッサ副隊長もすっかり困り果てている様子で・・・」
「俺に会わせる事が何か問題なのか? バネッサが困り果ててるって相当な事だろ? なんでまた?」

 サッチャンの報告は青年にとっての未知の世界なのである。
 青年の頭の中では今、無数の疑問符が次々と増殖し溢れかえっていた。
 相変わらず、不思議でしょうがないといった表情を作る青年に対してサッチャンは事の重大さを表すようにして、重々しく自らの口をこじ開ける。

「それは・・・」

 突然のサッチャンの陰鬱な様子に、青年も唾を飲み込みながら慎重にオオム返しに尋ねてみせるのである。

「・・・それは?」

 青年の問い掛けに目ばたきの間の静寂が訪れる中、暖かくて柔らかい風が、青年とサッチャンを撫でながら吹き抜けて行く。
 そして、優雅に吹き抜ける風が、舞い上がりながら散って行くのが合図であったかのように、いつもの如くサッチャンの唇が火蓋を切って落とす。

「それは、それはですよ! いつもいつも隊長が行方をくらましているせいで、榊剣一を隊長に会わせてあげられないからバネッサ副隊長は困り果てているんです!!」
「あっ、そっか!」

 鬼気迫るサッチャンにも、青年はまるで動じる事も無く、これまたいつもの如く、呆気らかんとして応えるのであった。

「もういい加減、あっ、そっか! じゃないですよ隊長!! 今日だって、こうして隊長を捕まえるのに私がどれだけ苦労した事か!」

 今ここにこうして青年を捕まえるまでに至る、サッチャン・マグガバイの大冒険のエピソードの数々、その壮大な物語を聴けば誰もが涙する・・・ のかは、さて置くとして。
 少なくとも隊長と呼ばれるこの青年の性格からして、そんなサッチャンの血の滲むような冒険譚を耳にした所で笑い転げる事に違いない。
 それを裏付けるかのように、青年は早速ニヤつきながら目を輝かせている。

「あれだろ、サッチャン。俺を捕まえるのは、喋る新種の昆虫でも見付けるぐらいに大変だったんだろ?」
「そうなんですよ! 言葉を話す新種の昆虫を見付けるぐらいに・・・ って、そんな昆虫いるかァーー!! その虫は昆虫語でも話すんですか!? まったくもう、何を言ってるんですか隊長わ!」

 青年のボケに対して、青年の予想を遥かに超え思い切り乗っかってやるサッチャンの表情は、言葉とは裏腹に何だか楽しそうでもあった。
 サッチャンにとって、青年とのこのような何の意味も持たない会話は、この血生臭い世界でのほんのひと時の憩いの間なのかもしれない。

 そんな漫才のような談笑の最中、サッチャンはハッとすると、超帝国騎士団及びウェザー騎士団に発令されているある重要案件について、青年に尋ねるのであった。

「あのぉー、隊長? 潰すだ何だので思い出したんですけど、最近、帝都でも騒がれていて、ナイトランド各地で多発的に起きている〈 騎士狩りナイトハント 〉事件については、どなたかから報告は受けてますか?」

 青年は何処かで聞いたなと、眉を潜めながら記憶を辿ると、たまたま思い起こす事が出来るのであった。

「あぁ!? それならこの前、シャーラがそんなような事を言ってたかな? 確か騎士が襲われてるんだろ? 余り興味が無かったから聞き流したんだっけ!?」
「・・・隊長、駄目じゃないですか。ベテランであるシャーラさんにまで、そんな態度で接しては。それに騎士に関わる重大事件なんですから、隊長も人事じゃないんですよ」
「ほ~い」

 注意を促すサッチャンの言葉に、何でも適当な青年も根は素直なのだろう、ふざけてはいるが返事をするのであった。






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