ト ラ ン セ ン ド ・ ブ ル ー  ×  ナ イ ト ラ ン ド

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 燦々とナイトランドを照らす3つの太陽が、鮮やかな青空の下でひと悶着を起こす3つの人影の頭上、天頂に差し掛からんとしていた。
 人影達により繰り広げられた些細な揉め事に、この広大な大草原地帯で寛ぐ生物達は皆、当然のように無関心である。

 そんな3つの人影、クエルノと言う名の白くて薄汚れた未知の生物の嫌疑を、ジーニアが代わってサッチャンへと釈明をするのである。

「サッチャンさぁ、曲がりなりにもクエルノは商売人だ。セコい盗みなんてしないよ。そもそもクエルノはこう見えてもそこそこの金持ちだしな」
「へぇー、それは知りませんでした」と、素っ気無く答えるサッチャンの視線が、一瞬だけクエルノに向けられた。
 まだ疑いを緩めないサッチャンにジーニアは話を続ける。

「まずクエルノの羽織ってる蒼天三頭のマントだけど、俺が所有していたもので盗品なんかじゃないんだよ」
「そうなんですか。で、今はどうしてクエルノさんが所有しているんですか?」

 ジーニアに対してぶっきら棒に聞き返すサッチャンではあったが、どうやらマントの件については端から知っていた様子のようである。
 その事に気付いているのかいないのか、ジーニアは下手な言い訳をする事も無く、馬鹿正直にサッチャンへと面と向かって答えてやる。

「それは、俺がクエルノに高値で売ったんだ」
「そうだ、あたしはジーニアちゃんから高値で買ったんだ」

 ジーニアの返答にいつの間にやらジーニアの手から解放されているクエルノが同調して続くと、最後にサッチャンが2人にトドメを刺す様に淡々と締め括るのであった。

「あなた方は、ウェザー騎士団の規則に違反しています。然るべき罰を受けて下さい」
『・・・・・・』

 至極当然なサッチャンの指摘に、ジーニアとクエルノは酸味の利いた食物でも口に含んだかのように唇を窄めた。
 超帝国騎士団においては、当然の如く官品の売買は禁止されているが、アークシール皇帝の私設騎士団であるウェザー騎士団の規則においてもまた、騎士団の予算から貸与及び支給されている物品の売買は固く禁止されている。
 蒼天の騎士隊隊長であるジーニアは無論の事、クエルノにしても規則違反だという事を分かっていた為に、2人はサッチャンの言葉に神妙になり黙って頷く事しか出来ないのであった。
 がしかし、サッチャンはジーニアとクエルノの2人が、あくまでもショボくれた振りをしている事には気付いており、敢えてそこには触れずに本題へと話を続けるのである。

「話を疑惑の本題へと戻しますけど、ジーニア隊長の見立てでは100万エンドの価値にもなると言う、そこの麻袋に入れられた鬼豊石についてはどうなんですか?」

 サッチャンの核心に迫らんとする追求の声に、ジーニアは観念したように溜息混じりで言葉を吐き出すのである。

「しょうがないなぁ・・・」と、ジーニアが徐に手にしたのは紅玉の鬼豊石であった。
 ジーニアが石を軽く2回3回と上下に振るうと、紅色をした鬼豊石が柔らかく発光を始める。
 石の中では、まるで生き物で有るかのように、光の輝きがゆっくりと漂い揺らめいている。

「この鬼豊石の名前は〈 ブラッドリリー 〉と言って、ものすごーく希少な鬼豊石なんだ」

 魔法のような輝きを放つ鬼豊石に「わぁ、凄く綺麗・・・」と呟くサッチャンの表情は、光り物にはめっきり弱い夢見る女の子のそれであった。
「ほぇ・・・」と、いつも騒がしいクエルノも目を輝かせては佇み、すっかりと鬼豊石の神秘な光に魅了されている。

「どれぐらいの価値があるんですか?」と、年相応にすっかりと乙女チックなサッチャンに促され、ジーニアは簡素に語り出す。

「この鬼豊石は当然のように宝石としても凄く高い価値がある。そしてこのレベルの物になると、石自体にある種の魔道の力が宿っている事もあって、印道術師を始め様々な道術師の間で高額で取引されているんだ。騎士の武器にも装飾を兼ねて利用されてる事も良くあるしな。見た目の美しさだけじゃなく、この石には稀少な兵器としての実用性もあるんだよ」

 そこまで説明したジーニアは、少し躊躇う素振りを見せながらも、紅色の発光する鬼豊石の金額を口にするのである。

「そうだなぁ、金額にして3000万円°は、軽く行っちゃうかな」
『・・・!?』

 ジーニアよって打ち明けられた金額の余りの大きさに、サッチャンとクエルノは言葉も出せずに固まってしまうのであった。
 そして、ジーニアは唖然とする2人を他所に、もう一つ、藍玉の鬼豊石を手に取ると、先程と同じように軽く2回3回と上下に振るって見せた。
 藍色をした鬼豊石が柔らかく発光すると、ジーニアは更なる衝撃的な事実を口にするのである。

「この鬼豊石の名前は〈 ブルートララー 〉、こっちの〈 ブラッドリリー 〉と揃えて鑑定すると、ざっと1億円°以上の価値には跳ね上がる」
『・・・・・・!?』

 ジーニアの衝撃の告白に、サッチャンとクエルノは黙って首を傾げ互いに一瞬目を合わせると、再び正面を向き呆然とその場に立ち尽くす。
 風の精霊の息吹のように大草原を翔ける穏やかな風が、何度も何度も3人を悪戯に撫でて行くのであった。

 しばらくして、クエルノとサッチャンはジーニアの言い放った言葉を確認しようと同じタイミングで唇を動かすのである。

「ジ、ジーニアちゃん、今なんて言ったんだ!?」
「ジーニア隊長、冗談ですよね・・・っね!?」
「いや、だから大真面目に1億円°以上の価値がある物だって」

 クエルノとサッチャンの2人は余りの高額な金額を再び耳にすると、驚く事を拒絶したかのように顔を上げて虚空を見つめるのであった。

 ジーニアは固まる2人を放置して、帝都アクシルに向かおうと鬼豊石の入った麻袋を手にする。
 が、まだサッチャンの問いに答えていない事を思い出すと、踏み出そうとした足を止めるのである。

「そうそう、クエルノの商談相手でこんな破格の鬼豊石を気前良く持たせてくれるお人好しには、1人だけ思い当たる奴がいるんだよなぁ」

 余りにも高額な査定の衝撃で、燃え尽きたように灰色となったサッチャンとクエルノに生気を戻すべく、ジーニアは核心の言葉を口にする。

「この稀少な2つの鬼豊石は雑兵からでは出ない物で、そうだなぁ・・・ 少なくとも第5等級以上の魔鬼からでしか手に入らない代物なんだ。ナイトランドでその級位の魔鬼を易々と相手に出来るクエルノの商談相手となると!?」

 ジーニアはそこまで言うと、嬉しそうに手に持つ麻袋を振ってジャラジャラと音を鳴らして見せるのである。

「この鬼豊石は盗品なんかじゃなく、間違いなくクエルノが〈 フリューゲル騎士団 〉と取引きして手に入れたものだよ」

 そうサッチャンに答えたジーニアが、今度はクエルノを見る。

「クエルノお前、しばらく見ないと思っていたら、妖精霊の里に行ってたんだろっ!?」

 金縛りを解くようなジーニアの問い掛けに、我に返ったクエルノは「そうだぞ! よく分かったなジーニアちゃん!」と、的を射抜くジーニアの言葉に嬉しそうに答えるのであった。

 クエルノが妖精霊の里へ赴いていた事を確認したジーニアの表情は、何とも言えない哀愁の色を浮かべると、懐かしむようにして1人の人物の名を口にするのである。

「・・・あいつは、刀剣馬鹿のソウオドの奴は、元気にしていたか?」
「おう、ソウオドちゃんは元気にしてたぞ! 狂ったような刀剣好きも健在だったしなっ! またジーニアちゃんの剣を触らせてくれって煩いぐらいに喚いてたっけ!」
「そっかそっか、ソウオドは相変わらずみたいだな」

 クエルノの言葉に満足気な笑みを浮かべるジーニアは、ソウオドと呼ぶ人物と過ごした懐かしい日々に、思いを馳せているようだ。
 そんなジーニアの薄っすらと虹色に輝く両の瞳は、妖精霊の里があるのであろう遥か遠くは、ナイトランド南西の青空を望むのであった。






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