ト ラ ン セ ン ド ・ ブ ル ー  ×  ナ イ ト ラ ン ド

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 日々の生活の中において接点など無かった者が、実は思いも寄らぬ形で深く関わっていたのだと知った時、その者の存在というのは意識の中で熱せられ膨張し大きくなる。
 ましてやその接点と言うのが、一日の内で騎士が肌身離さず最も身近に触れている刀剣である。
 騎士にとっての刀剣は 様々な式典や祝祭事においても重要な役割を持っている。
 戦いの中においては敵を倒す為の武器であるのは無論の事ながら、その主たる目的は自らの命を守る為であり、誰かの命を守る為に存在する道具である。
 そして騎士の中には各々の刀剣に対して、破る事の決して許されない誓いを立てる者もいる。
 騎士が手にする刀剣とは、自らに課せられた運命を切り拓いて行く事を誓った十字架でもあるのだ。

 こうした自身の命に並ぶ程に重い価値を持つ騎士の刀剣の有り方と言うのは、サッチャン・マグガバイにも充分に当て嵌まるものである。
 この事からもサッチャンの刀剣を選定した人物であるソウオド・グランディスタという存在が、サッチャンの意識の中で否応無しに大きくなって行くのは至極当然なのであった。
 そんなソウオドが見立て今はサッチャンの手にある刀剣に秘められた摩訶不思議な力について、まだ何も知らされていないであろうサッチャンに対しジーニアが噛み砕いて解説をして行く。

「サッチャンのその剣に使われている材質は、最上質の鋼である玉鋼たまはがねの中でも更に特殊な玉鋼なんだ」
「・・・玉鋼? もしかしてこの剣って、もの凄く高額な代物なんでしょうか?」

 ソウオドが見立てバネッサに与えられた刀剣が、ただの安物で有る訳が無いと感じたサッチャンは、自身の腰に携える剣に恐る恐る視線を移した。
 すると、ここは出番だとばかりに、やり手の商人であると自負するクエルノがその価値を説いて行くのである。

「その剣は高額なんてもんじゃねぇぞ、サッチャンちゃん。場合によっては値が付かない程の業物なんだぞ」
「ぃぇえーー! そんな高価な剣を私なんかが頂いて良かったんでしょうかねぇ・・・」

 一息で吃驚し瞬く間に調子を落とし顔を引き攣らせるサッチャンの事などお構いなく、クエルノはいつもの調子で口を動かして行く。

「サッチャンちゃんの剣は剣刀師が使う〈 囀啼ノ剣てんていのつるぎ 〉って言う刀剣で、刀身の材料は玉鋼の中でも特殊な玉鋼〈 金剛こんごう 〉が使われてるんだぞ」
「剣刀師?が使う、囀啼の剣と言うんですか!?この剣。 材料には玉鋼金剛ですか!?」

 クエルノの口からは初めて耳にする単語が飛び交い、半ばサッチャンの思考は混沌を迎えていた。
 だが、そこに意図した訳ではない更なる混沌の種として、ジーニアの話が続いてしまうのである。

「稀少な特殊玉鋼は硬度をはじめとした様々な耐久性が、通常玉鋼に比べて桁外れに強化されているんだ。そしてここからが革新的な話で、特殊玉鋼を特別な製法で鍛え作られた囀啼ノ剣と呼ばれる刀剣には、ある種の意思のような魂のような物が宿る事があるんだよ」
「・・・あのぉ、すみません隊長。私、ちょっと話に着いて行けていないみたいです」

 ジーニアの話の内容をまるで理解出来ずにいるサッチャンは、眉間に皺を寄せると愕然たる思いが体が溢れるかのように恐縮してしまっていた。
 これには流石のジーニアも話が唐突過ぎてしまったかなと、サッチャンの心情に共感を覚えるのである。

「そうだろうな・・・、刀剣に意思だの魂だのって言われてもピンと来ないのが普通なんだよなぁ。でもまぁその内、サッチャンにも刀剣の啼く声でも聴こえれば自然と受け止められるさ」
「刀剣の啼く声・・・」

 サッチャンはクエルノがソウオドの事を賞賛していた際の言葉の中に
〈 刀剣のく声 〉というフレーズがあったのを思い出していた。

「先程、クエルノさんも言っていましたけど、刀剣の啼く声って一体なんなんですか?」

 ジーニアに代わってサッチャンの真っ直ぐな疑問の声に答えたのは、不思議そうな表情を作って見せるクエルノであった。

「なんだサッチャンちゃん、囀啼ノ剣の事をバネッサちゃんから何も聞いていないのか?」
「っあ、・・・はい。そのような話を聞いた覚えは無いと思います」

 素直に頷くサッチャンにクエルノは「なんだ、そうだったのか」と軽快に納得をした。
 囀啼ノ剣に関するサッチャンの認識の度合いを瞬時に察したクエルノが再び話を続けると、サッチャンも真剣な表情を作りクエルノの言葉に耳を傾けるのである。

「囀啼ノ剣は生き物のように啼き声を上げるんだぞ。それでその刀剣の啼き声を聞き漏らす事無く呼応できた奴が、刀剣に眠る固有の力を使えるようになるんだ」
「っえ!? それってつまり刀剣から特別な力を授かるって事ですよね!?」

 見るからに重量感のある青味がかった全身鎧をガシャガシャと揺らしながら、体全体で驚いて見せるサッチャンにクエルノは大変に御満悦の様子だ。

「どうだサッチャンちゃん、凄いだろっ! 参ったかこんにょヤロー!」
「うわぁ、それって凄い事だと思います!」

 何故か自分事の様に自慢気なクエルノの態度にも、サッチャンは疑問を抱く事も無く純粋に関心するのであった。

 クエルノが商人であるという事を初めて耳にした時、サッチャンにはそれが本当なのかと言う強い疑念が生じていたわけだが、今となってはクエルノが武器関係に対して非常に詳しい商人であると理解し認め始めていた。
 サッチャンからすればクエルノは、まるで素性の分からない虹色に輝く角を生やした奇妙な白い生物ではあるのだが、知り合ってからこれまでに、サッチャンはクエルノが人を騙す目的で嘘を付くのを聞いた事が無い。
 クエルノから発せられる言葉はいつも真実であり、この奇妙で何故か憎めない白い生物は馬鹿が付く程の正直者なのである。
 その事を誰よりも良く知るジーニアが、サッチャンから報告を受けた先日の闘技場での一件を思い出しながら語り出した。

「バネッサが持つ〈 刻印ノ剣こくいんのつるぎ 〉は、印道術師などの道術師が扱う刻印の武器で、材質も違えば刀剣が啼く事も無いからなぁ。きっとうっかりしてサッチャンに囀啼ノ剣について伝え忘れたんだと思うぞ」
「ブッぷぷぷっ! あぁ見えてもバネッサちゃんは意外と天然で、抜けた所が有るからな!」と、笑い出すクエルノが余計な一言を付け加えるが、ジーニアは構わず話を続ける。

「ほらサッチャン、闘技場での剣一を見ただろ? 無意識ではあったようだけど、剣一はバネッサやフロッグマンとの闘いで囀啼ノ剣に眠る特有の力を使ったんだろうな」
「あぁ、なるほど! あれはそういう事だったんですね」

 意外にも察しの良いサッチャンは闘技場での出来事を思い返すと、ジーニアの言葉をすぐ様に理解してしまうのであった。
 剣一が生きた世界の全ての古武術の宗家である榊家に代々と受け継がれ、剣一と共にナイトランドへと流れ着いた天地清浄流の剣というのは、どうやらジーニアの話からすると囀啼ノ剣のようであるのだ。
 もちろん自らが持つ天地清浄流の剣が、ナイトランドでは囀啼ノ剣と呼ばれる刀剣である事を剣一は今も知らされてはいない。

 少しずつではあるが囀啼ノ剣について理解を深めて行くサッチャンの表情からは、囀啼ノ剣という名を初めて耳にした時に比べれば随分と緊張がほぐれていた。
 それを目にするジーニアは、よしよしと頷きながら改めて話を進めて行く。

「そんな刀剣の啼き声に干渉し、刀剣に呼応する事ができる者がナイトランドでは〈 剣刀師 〉と呼ばれているんだよ」

 サッチャンはジーニアが口にする未知の知識を一滴たりとも聴き漏らさないようにと静かに頷いていた。

 ジーニアはこれ以上サッチャンを混乱させまいと敢えて口にする事は無かったが、剣刀師は主に刀剣を用いて戦闘に臨む為に〈 剣闘師 〉と呼ばれたり、意思を持つ囀啼ノ剣を扱いその魂に呼応する事から〈 天帝の仔 〉とも呼ばれていた。
 どちらも太古の昔から伝え言われている呼称であり、韻が踏まれているのが特徴的な事でもある。

 その剣刀師と呼ばれる存在に強く関心が沸いたのか、サッチャンは憧れを含み言葉を発するのである。

「剣刀師って何だか選ばれし者みたいな感じがして、凄い存在なんですね」

 この感動を現すサッチャンの言葉に対して、何故だかクエルノが訝しげな表情を見せた。

「・・・っん!? サッチャンちゃん、それはちょっと違う気がするぞ」
「っえ!? それはどういう事でしょう?」

 まるで予想もしていなかった否定的なクエルノの反応に、サッチャンは再び困惑の迷宮に立ち入る事となってしまうのであった。






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