覇 者 虹 霓

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 大気の澄みきった今宵の天空において、満月と叢雲による美しい競演が数多の星々を従えて絶え間なく繰り広げられている。
 群雲の隙間から月が姿を現せば、その冷たくも柔らかい光は、ナイトランドに在る深山幽谷に広がる鬱蒼とした森を幻想的に照らし出していた。

 密集する木々の葉や枝の間から射し込む幾筋もの満月の光が、大地にぐったりと弱々しく横たわる一つの生命体を優しく包み込んでいる。
 目を強く瞑り横たわるその生命体の正体とは、金剛石ダイヤモンドと同等以上の硬度を誇る鱗に覆われた天翔ける孤高の種族。
 途方も無く広大なナイトランドにおいても、余り人の目に触れること無い神秘の生命体。

 それが〈 ドラゴン 〉である。

 人語はもちろんの事、強大な力と道術を操り、太古の記憶を継承する絶対的な存在は、様々な人種族を超え畏れ崇められていた。
 まさにドラゴンとは生ける伝説であり、世界中で信仰されるあらゆる神々と等しき存在なのである。

 伝説上では数百メートルと言うさながら戦艦のように巨大なドラゴンも存在するようだが、此処に横たわるドラゴンは体長が1メートル程という随分と小さいものであった。
 この白よりも深く透明に輝く鱗を纏ったドラゴンは、まだ幼竜なのだろうか、それともこの大きさで成竜なのだろうか、今はまだ知る由もない。

 ドラゴンがすっかりと弱り切っている原因は、体中に激しく刻まれている深い傷のせいもあるのだろう。
 周囲の景色を吸収して反射する水晶のように煌く鱗の隙間から、赤く輝く鮮血が滴り落ちている。
 体の部位によっては鱗が砕けたように剥がれ、その下で盛り上がる逞しい筋肉が顕わになっていた。

 そんな大そうな深手を負ったドラゴンが、淡々とまるで事務的に呟くのであった。

「やむを得なかったとは言え、壁に大半の力を持って行かれたか・・・」

 ドラゴンにも性別はあるのだろうか、恐ろしい程に澄んだ女性を思わせる声色である。
 ドラゴンは瞑っていた目をゆっくりと開いて行くと、今度は口には出さずに頭の中で思考を巡らせるのであった。

(まさか魔鬼オーガの進化がこれ程までとは。個体に寄っては〈 エイリアの壁 〉を安々と超えられるなど、わたしの知識の外の領分ではないか)

 自身の頭の中での呟きに少しは感化されたのだろうか、ドラゴンの鋭い眼光に輝きが増して行く。

(いや、それよりも魔鬼が機巧種きこうしゅに対し、悪しき触手を伸ばしている事を危惧すべきか。大半の力を失っているとは言え、わたしの強固な体にこれ程の傷を負わせるとは、あの魔鬼・・・)

 怒りに震えるでもなく、悔恨の念にかられるでもなく、飽くまでも無表情を貫くドラゴンの口が大きく開かれる。

「無数の怪魔鬼かいまきを従えていたのが、別種である霊魔鬼れいまきの最高位に座す〈 スペクトル 〉とはな・・・ いったい、何が起きている」

 その口から発せられた言葉には、僅かながらの驚きの感情が見え隠れしているのであった。

「っん!?」突然に何かの気配に感付くドラゴン。

 ドラゴンの声が月明かりの森に消えて行くのを待っていたのかのように、ドラゴンを取り囲むように生い茂る藪が、ガサガサと音を立て始める。
 その雑音の中には、人間の荒い息の音も混じっていた。
 ドラゴンは警戒するように押し黙り、藪の揺れる自身の真正面を注視している。

 ・・・・・・!?

 藪の中から勢い良く前のめりで飛び出して来たのは、1人の傷だらけでボロボロな姿の人間の少年であった。
 そして、少年を追い廻す様な形で、3体の魔鬼も続いてドラゴンの前に姿を現すのである。

 藪から勢い余って飛び出した少年は、前方に一回り転がり顔を上げると、目の中に飛び込んで来たドラゴンの姿に、唖然とした表情を浮かべるのであった。
 ドラゴンの冷たく鋭い瞳の中に、唖然とする少年の姿が映し出されている。

「どうしてか、わたしの姿が見えているようだな」

 姿だけでなく、ドラゴンの声もハッキリと少年の耳に届いていた。
 そんな少年の酷く傷付いた姿に、再びドラゴンが呟くように言葉を発するのである。

「こうして魔鬼に追われる様など、 フッ、フフフ・・・」

 ドラゴンの口元が、感情の伴わない笑いを堪えるようにして、大きく歪んで行く。
 そして、ドラゴンの声が真っ直ぐに、少年へと向けられるのであった。

「人間の子よ。わたしと、同じではないか」

 これが、ただの人種族の一つである人間の少年と、神々と並ぶ孤高の種族であるドラゴンとの初めての出会い。
 余りにも掛け離れた存在である2つの種族の邂逅であった。

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 アークシール超帝国は帝都アクシルから遥か東方の辺境の地に、ウェザーの騎士を背に乗せた8騎の馬機バキと呼ばれる馬の姿があった。
 馬機が軽快に歩を進めているのは、高さ20センチ程の随分と背丈の短い木々が生い茂る野原、ナイトランドでは良く見掛けられる草原ならぬ木原もくげん地帯である。

 手綱を手にし馬機に跨るウェザーの騎士達から数キロ先には、人口数万人という大規模なスラム街が広がっている。
 どうやら騎士一行の目的地はそのスラム街のようなのだが、既に不穏な空気は騎士達の肌に伝わっていた。

 不穏は目視出来る程に明らかなものであった。
 スラム街のあちらこちらでは、まるで悪魔が手招きをしているかのように、不吉なドス黒い煙が上がっている。
 そしてその黒煙は、場違いな程に雲一つ見当たらない真っ青な空へと、不気味に揺らぎながらと飲み込まれて行くのであった。






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