ト ラ ン セ ン ド ・ ブ ル ー × ナ イ ト ラ ン ド
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剣一達3人が居る階段踊り場で、骨肉にコンクリートが思い切り叩き付けられる耳障りの悪い鈍い音が大きく響く。 鍛え抜かれた剣一の肉体が悲鳴を上げたのだ。 「ウグゥ・・・」 余りの痛みに低く呻き声を漏らす剣一は、床に片膝を付いた。 3人に向かって天井と壁が一体となって崩れて来た時、剣一はとっさに谷口と橋本を突き飛ばし、2人が瓦礫の下敷きになるのを防いでいた。 しかし自身までコンクリートの牙を交わすまでには至らなかったのだ。 「け、剣一、俺達の為に・・・」 橋本が沈痛な面持ちで剣一に声を掛ける。 「剣一、お前、腕が・・・」 ワナワナと震え声で今にも泣き出しそうな谷口が、剣一の負傷した左上腕を凝視している。 剣一が着ている黒地の詰襟学生服の左肩部分から、ズタズタに引き裂かれていた。 上腕から指先を伝い、真っ赤な血液がポタリポタリと床に染みを作っていく。 剣一は左上腕の損傷が骨まで到達していない事を願ったが、露出する素肌の損傷は酷く、学生服と同様にズタズタに裂傷を負っていた。 剣一はすぐさま学生服の左腕を肩から千切ると「橋本、これで肩口から強く縛ってくれないか」と、その切れ端を橋本に手渡す。 「わ、分かった」と、恐る恐る肩口を切れ端で結ぶ橋本の手は少し震えていた。 「強く結んでくれよ」 「あ、ああ・・・」 橋本を気遣う剣一は、痛みにも呻き声一つ上げなかった。 「これでいいか?」 「ああ、ありがとう」 剣一は平然を装い、橋本に笑顔を見せる。 いつもは鈍感な谷口も、流石にそんな剣一の姿を見兼ねてしまう。 「剣一、お前ホントに大丈夫なのかよ!」 「ああ、これぐらい大丈夫さ・・・ 行こう」 剣一は痛みを堪えて立ち上がり橋本と共に再び谷口の腕を右肩に担ぐと、瓦礫の積もる踊り場から1階を目指し階段を降り始めた。 橋本と谷口は階段を降りる間もずっと、沈痛な面持ちで心配そうに剣一を見ている。 「気にするなって、僕は本当に大丈夫だよ」 本当は右腕に痺れるような耐え難い激痛が走っていたのだが、剣一は2人に心配させまいと気丈にもそう言い放ったのであった。 やっとの事で1階に辿り着いた剣一達3人が見た光景は、まるでこの世の地獄絵図のような有様だった。 窓ガラスは粉々に割れ散乱し、所々で天井や壁は無残に崩れ落ちていた。 床には幾つもの亀裂が走り地中の水道管が破裂したのだろうか、水が勢いよく噴出している所もある。 水浸しの廊下には糸のように幾つもの赤い筋が帯状に走っているのが見て取れ、それが人の血液だという事は、誰にでも簡単に予想する事ができ3人もまたそれに気付いた。 廊下や教室ではパニックを起こし泣き叫びながら我先にと逃げ惑う生徒達で溢れ返り、収集の尽かない状態に陥っている。 人波に揉みくちゃにされ倒れ込み人山の下敷きになっている生徒もいる。 激しい揺れや爆風により吹き飛んだガラスの破片に傷付けられたのか、血だらけになり逃げ惑う生徒もいる。 中には瓦礫の下敷きになり倒れたままピクリとも動かない生徒もいたが、おそらくはもう・・・ 考えたくもない地獄がそこには広がっていた。。 「な、何なんだよ。これ・・・」 そう呟く橋本は、顔面蒼白になっていた。 余りの非現実的な光景に、谷口は既にすすり泣き出していた。 そんな地獄を目の当たりにした剣一は歯を食いしばり左の拳を強く握る。 しかし左腕の裂傷のせいでまるで力など入らない。 剣一にはそれが人間の無力さ、自身の無力さを示しているかのように感じて、とても辛くそして悔しく思うのであった。 「こっちからじゃ駄目だ。東口の玄関から校庭へ出よう」 剣一は橋本と谷口を促した。 3人が今居る校舎には西と東に玄関が二つある。 西口からの方が校庭へ出るには遥かに近いのだが、出来るだけ人込みを避け外へ出る為には、東口の方が多少は安全だと剣一は思ったのだ。 橋本は目の前の非現実的な惨状から我に返り、剣一の意見を受け入れる事が出来たが、谷口の方はと言うと余りのショックのせいで泣き出したままその場から動こうとしない。 「谷口!!」 大声を出すなど珍しい剣一が、谷口の耳元で思い切り怒鳴ってやる。 剣一のカツに、谷口はなんとか我に返った。 3人は我先にと西口へ向かう人波に逆らうように東口を目指した。 すれ違い様に容赦なく剣一の裂傷している左腕にぶつかって来る生徒達。 剣一はただただ歯を食い縛り痛みに耐えるしかなかった。 剣一が思った通りに東口から逃げる生徒は少なく、3人はなんとか安全に外へと出る事が出来た。 東口から校庭までは体育館を大きく迂回しなければならなかったのだが、取り敢えずは外に出る事が出来た3人は少しホッとした思いだった。 「谷口、足は大丈夫か?」と剣一が谷口に声を掛けると、 「お、俺なんかよりも剣一の腕の方が・・・」 少しは緊張が解けたのだろう、谷口は涙や鼻水やらで顔をぐちゃぐちゃにしていた。 そんな谷口の顔を見た剣一は、一瞬ではあるが左腕の裂傷の痛みも忘れて笑ってしまうのであった。 「こんな時に何で、何で笑えるんだよ!」 剣一が笑ったせいで、谷口は余計に泣き出してしまう。 まるでデパートで玩具を買って貰えなかった子供のような大泣だ。 「さぁ橋本、谷口、校庭を目指そう!」 少しでも活気付けばと、剣一は声を少し張って2人を促した。 3人は体育館を迂回し校庭を目指すべく再び歩き始めた。 校舎も相当に酷い有様だったが、体育館はもっと酷く建物の半分が倒壊している。 丁度、部活祭の準備で体育館にも生徒達がたくさん居た筈である。 剣一はそこでの惨劇を想像もしたくはなかった。 清が音中学校は緑化活動が大変に盛んで本当に緑が多い学校だった。 背丈が20メートルは有る木が所々で見られる。 3人は体育館を迂回し木々の生い茂るちょっとした林の中を歩いていた。 〈 憩いの林 〉と呼ばれるこの林を抜ければ校庭に出られる。 昼休みや放課後にはベンチに座り優しい木漏れ日の下で静かに読者をする生徒や、芝生の上で楽しそうに談笑をする女子生徒達、この林は多くの生徒達の憩いの場でもあった。 そんな憩いの場も強烈な爆風のせいだろう、今は木々の枝が折れて散乱し紅葉掛かった葉が早くも無残に散っている。 太い幹が真っ二つに裂け倒れている木も所々で見られた。 そんな光景を目の当りにした剣一は、世界がまるで死に向かっているのではないかと、そんな風に思えてならなかった。 |
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