ト ラ ン セ ン ド ・ ブ ル ー × ナ イ ト ラ ン ド
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「グッ・・・」 閑散とする広大な武道場に鎧を打ち付ける鈍い音と、足首を挫く鈍い音が小さな呻き声と交じり合い響いた。 呻き声の出所は攻撃をした側である剣一の口からだ。 鎧の上からという理由だけではなく強靭で分厚い大男の足首に、剣一の蹴りによる攻撃が圧倒的な質量差を前に当り負けしてしまったのだ。 「フッ、小僧! その程度の軟弱な蹴りが俺に通用するとでも思ったのか? 敢えてかわすまでもないわ!」 剣一は足首の鈍い痛みや大男の言葉に怯む事も無くすぐ様、連続で攻撃を仕掛ける。 右足を軸にして再び反時計周りに回転する剣一は、大男の胴体へ目掛け後ろ廻し蹴りを放った。 鎧の上から大男の横っ腹に剣一の蹴りがまともに決まる。 その威力は体内の臓器に損傷を与えるのには十分なものだった。 が、しかしまるで効果が見られない。 大男は自分の周りを飛び続ける鬱陶しいハエでも目にするように、あからさまに不機嫌な表情を見せた。 そして、その巨大な体からとは思えない素早い動きで、蹴り放った剣一の左足首を片手で掴まえるのである。 「俺には通用しないと言っているのが分からんのか!」 口調を荒げた大男は恐ろしいまでの腕力を持ってして、片手で剣一の足首を持ったまま大きく振りかぶった。 そしてそのまま勢いよく剣一を頭から床に叩き付けるのである。 「っぐあっ・・・」 剣一は床への頭部の直撃を避ける為にとっさに身をよじったものの、負傷している左腕を強打してしまい耐え難い痛みに声を上げた。 「ヘッヘッヘッ! 威勢だけは一丁前の糞ガキがぁ! 男の悲鳴なんかにゃ興味がねぇんだよぉ!」 そう言いながら大男の傍らにいた痩せ男が自ら足を揚げ、倒れている剣一の顔面へ向かって足を勢いよく踏み降ろす。 湖に張った分厚い氷に、一瞬で無数の亀裂が入った時のような乾いた音が武道場の空間を揺らした。 その音の正体は剣一の頭蓋骨が砕ける音ではなく、床に無数の大きな亀裂が走ったものだった。 その亀裂は武道場の端まで走り、そして痩せ男の足を中心に直径1メートル程が円状に陥没していた。 いったいこの痩せ男の体の何処に、これだけの力が秘められているのだろうか。 寸での所で交わす事が出来なければ、剣一の頭部は高所から落下させたスイカのように破裂していたであろう。 「このぉ糞ガキぃ!」 言葉に怒気を孕ませた痩せ男は、額に青筋を浮かべ剣一を睨みつける。 そして相当に頭にきている様子の痩せ男は、腰に携えている剣の柄に手をやった。 先程は何とか踏み降ろされる足を交わせたが、今の倒れている姿勢ではとても痩せ男の一太刀を交わす事はできないであろう。 そう思った剣一は左腕の痛みに顔をしかめながらも立ち上がろうとした時、不意に何者かにズボンの裾を掴まれてしまう。 「さ、榊・・・ 君!?」 弱々しい女性の声が剣一の名を呼ぶ。 「・・・藤澤先生!」 剣一のズボンの裾を掴んだのは担任で武術部の顧問の藤澤だった。 近くで意識を失って倒れていたようだが、剣一と2人の男の争う衝撃で意識を取り戻し、近くの人影に助けを求める為に這って来たのだろう。 怪我をしているのか藤澤の額は血で汚れていたが、命には別状が無い様子に見える。 「じゃあなぁ、糞ガキぃー!」 「・・・!?」 痩せ男の声を剣一が耳にした時にはもう手遅れだった。 剣一が藤澤に気を取られている隙を痩せ男は見逃す訳もなく、鞘から抜き放たれた凶暴な これは確実に 剣一には死を覚悟する選択肢しか残されていなかったその時である。 鋭利な音と共に道場の天窓が派手に砕け散った。 ガラスの破片がキラキラと舞い散り降り注ぐ中を、何かが物凄い勢いで回転しながら風を切る音と共に飛び込んで来た。 その何かは剣一に振り下ろされている痩せ男の剣を弾き飛ばして床に突き刺ささる。 「畜生ぉめがぁ! 何だってんだぁ!?」 思い切り不意を突かれた痩せ男が激しく悪態を付いた。 そして剣を弾かれた衝撃で右手首を負傷したのか、しかめっ面で膝を付き痛めた手首を抑えるのであった。 剣一は天窓を突き破り飛び込んで来た物体に視線を移すと驚かずにはいられなかった。 武道場の床に悠然と突き刺さるそれは、剣一が毎日のように自宅の道場で目にしている。 天地清浄流の始祖の頃から代々受け継がれている剣だったのだ。 「なぜこの剣がここに・・・!? っん!?」 呆気に取られる剣一だったが、視界の隅に人影らしき物を捉え、すぐさま天窓に目を移す。 そこに人の姿は無かったが、剣一は小さく呟いた。 「父さん・・・!?」 剣一の目には父親である榊 真道の結った後ろ髪が見えたような気がした。 しかし、すぐにそれは無いと思い直す。 真道は先代超えで酷く負傷し、今も床に伏せているはずだからだ。 「大当たりーー!」 突如、この場に相応しく無い明るい調子で、少女の可愛らしい声が武道場に響き渡った。 剣一はその場違いな声の方へと目を向ける。 そこは大きく空間が歪みポッカリと悪魔が口を開けているかのように、5メートル四方の時空の穴が開いていた。 その時空の穴の前には剣一と同じぐらいの年頃の、まだ幼さの残る少女が立っている。 先程の声の主がこの少女なのだと剣一はすぐに分かった。 時空の穴から新たに2人の人物が現れ少女の側らに立つ。 1人はブラウンがかった長い髪を後ろに結い、胸の部分が大きくはだけた極彩色豊かな鎧に身を包む女。 もう1人は、世界の全てを塗りつぶすような漆黒の長い髪をなびかせ、一切の光さえも吸収してしまうかのような漆黒の鎧に身を包む男が静かに佇んでいた。 漆黒鎧の男が剣一と床に突き刺さる剣を交互に見やる。 そして重力を含んでいるかのような冷たく静かな声が、頭部の全てを覆う兜の中から漏れて来る。 「何とも上手く計られたように、助けが入ったものだな」 剣一には漆黒鎧の男が口にした言葉の真意を理解する事は出来なかった。 しかし天地清浄流の剣が、剣一の危機を救ったのは事実。 剣一が見た人影が剣を投げ入れたのか、それとも剣自体が意思を持ち飛んで来たとでも言うのか。 何にせよ今の剣一に答えを見付け出す事は出来なかった。 「この世界での用は終えた。行くぞ」 漆黒鎧の男に促され極彩色豊かな鎧の女が、歪んだ時空の穴に吸い込まれるように消えて行った。 そしてそれに続くように「まったねぇー!」と、軽い調子の少女が剣一に向かって手を振ると時空の穴へと消えて行く。 2人の女は素直に従ったのに対して、痩せ男は漆黒鎧の男の言葉に異を唱える。 「待ってくれぇ! ワシはこの糞ガキに留めを刺さねぇと気がすまねぇ!」 痩せ男が先程弾かれた自ら剣を手にすると、剣一ににじり寄って来た。 その時・・・!? 大気が一瞬凍て付き重力が増したような、只ならぬ空気が武道場を支配する。 「我は、行くぞと言った」 漆黒鎧の男がそう言葉を発した瞬間、剣一は体中の力が抜き取られて行くかのような脱力感と得体の知れない強い恐怖。 そしてとてつもない殺気をひしひしと感じ取る。 痩せ男も剣一と同じく只ならぬ威圧感を感じ取ったのだろう。 「へっへへへ、じょ、冗談だよぉ・・・」 顔に冷や汗を浮かべながら漆黒鎧の男の言葉に、渋々従うと時空の穴へと歩き出す。 「けっ、お前もいつまでそうしてるつもりだぁ!」 不満を顔から滲み出す痩せ男は、由美子を掴んだままの大男に八つ当たるように言葉を吐き捨てた。 痩せ男は時空の穴の前で振り返ると剣一を睨み悪態を付く。 「糞ガキがぁ、ここで運よく死ななきゃ次は必ず殺してやらぁ!」 そう言い残し歪んだ時空の穴へ消えて行くのであった。 甲冑で身を包む謎の人物達が、次々と時空の穴へと消えて行く中。 剣一はまだ残る大男から由美子を救おうと、左腕の痛みを堪え立ち上がり歩を進めるが、その足がすぐに止まる。 いつの間に剣一の目前に現われたのだろう。 漆黒鎧の男が剣一の行く手を阻むようにして、黒き巨木の如く立ちはだかっているのであった。 |
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