ト ラ ン セ ン ド ・ ブ ル ー × ナ イ ト ラ ン ド
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無我夢中で校庭から駆け出した剣一は、武道館を目指しひたすら走り続けていた。 走る事による振動で怪我を負っている左腕は常に痛みを伴っていた。 しかし、今の剣一は花宮由美子が居るであろう武道館を目指す事に必死で、痛みを気にしている場合ではなかった。 由美子の無事な姿を確認したい。 あの女神のような微笑を失うわけにはいかない。 剣一はそんな思いを一心に全力で走り続けていた。 校庭から武道館までは校舎を挟んで随分と距離があった。 憩いの林を通り抜けて行く事も出来るが、それでは倍以上の時間が掛かってしまう。 剣一は憩いの林を通らないで、出来るだけ最短で辿り着けるルートを選らんだ。 途中で校庭へと逃げる学生の何人かとぶつかりそうになりながらも走り続けると、武道館が視界に入って来る所まで辿り着いた。 武道館の所々に見られる窓ガラスは、ほとんど割れているようだったが、建物自体には目立った大きな損傷は見られず剣一は少し安心をした。 武道館は運動部の盛んな清が音中学校の象徴的な建物だった。 とても巨大で威厳と風格を醸し出している武道館は、災害にも耐えそこに堂々と存在していた。 清が音中学校の体育館も非常に立派で、バスケットコートを4面取れる程の広さがあるのだが、武道館はその体育館の2倍以上の広さがあった。 武道館では剣道部を始め柔道部や空手部、中学には珍しく弓道部や合気道部まであり、そして去年新設されたばかりの武術部も武道館の隅っこで活動していた。 剣一は武術部に所属しているものの、実は他の武道関連の部に入部する事を学校を始め教育委員会からも厳しく禁じられていた。 物心付く前から父親に武道を叩き込まれている剣一は、中学生レベル所かプロの武道家でさえも圧倒してしまう。 そんな剣一が中学の武道関連の部への入部が許されるはずもなかった。 中学生では天地が引っ繰り返ろうとも剣一には勝てないからだ。 しかし幸いな事に武術部は他校には存在せず、対外試合というものが無かったのである。 1年時は帰宅部だった剣一が、クラブ活動の延長のような武術部に誘われた経緯はそういう事だった。 武道館の玄関前はちょっとした広場になっていて、広場中央には立派な噴水まであった。 噴水の周囲は段差が設けられ腰を掛けられる作りになっており、いつもは武道館を利用する学生達で賑わっている。 しかし今は地震と強烈な爆風のせいだろう、噴水は無残にも破壊され水が四方に吹き出していた。 この玄関前の広場を挟み憩いの林が、校舎をぐるりと周り校庭へと続いているのであった。 武道館の周りにはコの字を描くように各部の部室が設けられていたが、剣一は武術部の部室よりも先に館内の道場に行く事にした。 玄関の重厚感ある扉を開けようとした時、突然一人の男子生徒が血相を変え勢いよく飛び出して来て剣一にぶつかった。 その男子生徒の顔をよく知っている剣一は声を掛けた。 「佐伯!」 ぶつかって来たのは剣一と同じ3年生で、剣道部の主将を務めている佐伯武彦だった。 佐伯は剣一だと気付くと、まくし立てるように口を開く。 「榊! お前も早く逃げろ! 幾らお前の腕でもあんな化け者には敵わねぇ!」 「化け者!?」 怯えるように酷く動揺する佐伯の言葉の意味が、剣一には何が何だかまったく理解する事が出来なかった。 しかし佐伯の只ならぬ様子に、剣一は考えるよりも早く武道館のロビーを奥へと急いだ。 「よせ、榊!」 佐伯の呼び止める声が後ろで聞こえたが、剣一は構わず道場への入り口を目指す。 それにしても中学生レベルだとは言え、全国大会の常連でベスト4に入る程の腕を持つ佐伯が化け者だと怯えていた。 剣一はまた頭の可笑しい変質者でも現れたのかと考えていた。 それも相当武芸に精通している者なのではないかと。 憩いの林で女子生徒が襲われた事もあり、剣一の頭の中は由美子の無事を祈る思いがより一層強くなっていった。 道場への扉の前に辿り着いた剣一は勢いよく扉を押し開ける。 閑散としている道場の様子に剣一は驚いて目を丸くした。 「・・・いったい、何が遭ったんだ!?」 特に天井や壁が崩れたという形跡は見当たらない。 しかし、あちらこちらでの壁際の至る所で何十人もの生徒達が倒れている。 そして剣一の視線が道場の中央付近へと向けられた時、信じられない光景に叫ばずにはいられなかった。 「花宮ぁーーー!!」 そこには身長が優に2メートル以上、体重も軽く100キロは超えているだろう巨大な男が背を向けて立ち、その大男の伸ばす右手には首を掴まれ宙釣りにされている由美子の姿があったのだ。 剣一の声に反応したのか由美子の目が薄っすらと開き、だらりと垂れ下がっていた手が、剣一を求めるように力無く僅かに動いた。 「その手を放せぇーー!!」 剣一は大男にそう叫ぶよりも早く由美子の元へと駆け出していた。 由美子の首を掴み宙釣りしている大男が、ゆっくりと振り返り剣一を直視する。 大男の体は随分と年代物に見える西洋風の甲冑に包まれていた。 鎧の下の肉体が異常なまでに隆起する程の筋肉が見て取れる。 分厚い壁のような背中には長さが2メートル程、幅は30センチはあるだろう恐ろしく巨大な 今までに様々な武器を目にして来た剣一も、ここまで破格の大きさの剣は見た事がなかった。 そしてその巨大な剣が収められている鞘には、トランプのスペードのような形をした刻印がハッキリと見られた。 何処からか品の無い声が聞こえて来る。 「おいおい!? 首なんて掴んで持ち上げちゃあ、頭が体からもげちゃうだろうがぁ! この女は俺の 大男の巨体で死角となり、剣一にはまったく見えなかったのだが、大男の傍らにいたもう一人の男が口を開いた。 大男とは対照的に痩せ細った貧弱な体格で身長は160センチ程、体重は50キロも無いであろう。 この痩せ男もまた体を甲冑に包み、腰には常識的なサイズの剣を携えていた。 そして剣の鞘にはトランプのクラブの形をした刻印が見られる。 「お前の悪趣味には虫唾が走るんだよ!」 大男はそう言いながら傍らにいる痩せ男をギロリと睨む。 「けっ! 貴様がわしの崇高な趣味をとやかく言ってくれるなぁ!」 痩せ男が釣り上がった目で、大男を激しく睨み返した。 2人の男が言い争いをしている最中、駆け出していた剣一は既に2人の目前に迫っていた。 2人の視線は完全に剣一から反れており、まさに隙だらけといった状態だった。 その隙を見逃す筈も無い剣一は、迷わず大男の足元に低い姿勢で滑り込むように飛び込む。 床に右手を付くと、それを軸に反時計周りに後方回転し勢いを付ける。 そして、そのまま大男の丸太のような分厚い足首に向かって、スピードの乗った左 |
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