ト ラ ン セ ン ド ・ ブ ル ー  ×  ナ イ ト ラ ン ド

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 大地に突き刺さる天地清浄流の剣より現れし威風堂々たるその影は、闇をつんざく稲妻の如く大気を震わせるのであった。

( ブワァオォーーー!! )

 風雨を弾き飛ばし掻き消すような強烈な咆哮と共に、赤紫色の光を身に纏った余りにも巨大な体躯をした怪鳥が姿を現したのである。

「・・・こ、この印式はまさか、王雀おうじゃく!?」

 余りにも意外な封印式の正体に、騎士であり印道術師でもあるバネッサが驚きを隠せないでいた。
 そして次第にその表情が険しく厳しさを増して行くのである。

「王雀!?」

 バネッサの後方に控えるランブレが、初めて聴く封印式の名にバネッサ以上に驚きを隠せないでいる。

「そのような印術式の名は、聞いた事がない」とリンネもランブレに続くのであった。

「私の印道術を何度も間近で見て来たあなた達でさえ、知らないのも無理はないわ。何しろ私自身も実際にこの印式を目にするのは、今が初めてなのだから」

 印道術師であるバネッサでさえ初見だと言う印術式、それを目にするフロッグマンが片方の眉を大きく上げる。

「そうなると、ワシでも耳にした事が無い程に古い印式と言うわけじゃな・・・!?」
「その通りよ。王雀印は失われた太古の印式、今この印術式を扱える者など世界中を探し周ってもアークシール皇帝を含め幾人もいないでしょうね」

 バネッサの言葉にゴクリと唾を飲み込むランブレ。
 リンネとフロッグマンの表情にも緊張が走っていた。
 そしてこの闘技場で起きている状況に動揺しているのは、剣を目の前にする4者だけではなかった。
 剣から離れた位置で静観する蒼天の騎士隊員の誰もが、闘技場に現れた全長が優に10メートルは超えているだろう怪鳥を目にし、降り頻る雨も忘れ愕然と立ち尽くしている。
 天下にその名を轟かせるウェザーの騎士とは言えど、隊員達の表情には一様にして畏怖の念が溢れていた。

( グバァオォーーー!! )

 堂々たる巨大な翼を何度も激しく羽ばたかせながら、王雀の猛烈な咆哮が地鳴りのように響き渡った。

「マズイわね。不完全な閻魔印の影響で、そして何よりも封印術が施されてから時が経ち過ぎている。今にも封印が崩壊仕掛けているわ」

 バネッサの剣の柄を握る手に力が入る。

「どうするんだ!? バネッサ!」

 焦り急かすようなランブレの声にバネッサは表情を変える事もなく、封印術の効力により天地清浄流の剣から離れる事が出来ないでいる王雀との距離を、じわりじわりと縮めて行く。

「封印が完全に崩壊し暴走するまでに何とかするしかない。ランブレ、総員への指示を任せるわ」

 バネッサの命令にランブレはコクリと頷くと、リンネを伴い素早く行動に移すのである。
 きびすを返し騎士隊員達の下へ駆け寄るランブレの声には、切迫感と怒気のような凄みが入り混じっていた。

「これから副隊長が解印術を行う。総員! 場内から距離を取り突発的に起き得る事象に備えろ! 対応出来なければ、確実に死ぬぞ」

 普段は至って温厚なランブレの危機迫る声色に、激しく動揺する隊員達ではあったが指示に対して迅速に応じるのであった。
 リンネも騒然とする隊員達と共に闘技場内の出入り口から壁の反対側に設けられた観戦席となっている場所へ移動しながら注意を呼び掛ける。

「ランブレの言葉は脅しでも何でもない。術式に巻き込まれれば肉体は粉々に跡形も無く消し飛ぶ。絶対に気を抜かないように」

 落ち着き払ったリンネの言葉であったが、その事が逆に緊迫感を生み出し隊員の誰もが息を飲み込む。
 この場に居合わせる騎士隊員の中で、フロッグマン、ランブレにリンネの3人を除き、印道術を目の当たりにした事がある者は居ない。
 禍々しくも神々しい王雀の姿を実際に目にし、その凄まじい咆哮を耳にし畏怖を肌で感じてしまえば、隊員達が動揺を隠せないでいるのは無理もない話であった。


 雷雨に打たれながら闘技場内に残るのは、蒼天の騎士隊の副隊長と先任騎士。
 観戦席側へと退避する騎士隊員達に背を向け、王雀と真っ向で対峙するバネッサが、すぐ脇で控えるフロッグマンへと一瞥を投げる。

「フロッグマン、すぐにこの状況を父上に報告してちょうだい。此処に居る者で事前の約束無しに皇帝と謁見する事ができるのはあなただけ」

 バネッサの言葉に緊迫した面持ちで頷くフロッグマン。
 そんなフロッグマンに対し、バネッサは念でも押すように更に一言付け加える。

「くれぐれもエドゥワードの耳にだけは入れないでちょうだい」
「ふむ。しかし奴ならこの状況を打破できるだろうに」
「駄目よ! 絶対にやめて! お願いだから」

 心の底から搾り出すようなバネッサの素の感情に、フロッグマンはどんな顔をしたら良いのか迷う事しか出来ない。

「この非常時だと言うのに、そこは昔と何も変わっておらんようだの・・・ ならば、安心じゃ」

 何やら呆れたような嬉しいような声で呟くフロッグマンであったが「よいか、無理はするでないぞ!」と、力強くバネッサに言い残すと、素早くその身を翻し闘技場の高い塀を飛び越え、雷雨の中、皇帝が居住する超帝国大宮殿へと姿を消した。

 緊張を振り解く様に大きく肩で一息入れるバネッサの唇が小さく動く。

「私が此処でしくじれば、きっとナイトランドの地図が書き換えられてしまう事態に成りかねないわね・・・」

 その言葉は、たちまちの内に雷雨と王雀の咆哮で掻き消されて行く。
 バネッサは自らの魂とも呼べる〈 刻印ノ剣 〉を構え直すと、再び王雀へと全神経を研ぎ澄まし集中するのであった。
 彼女の頬を伝う雨粒とも冷や汗とも区別できぬ水滴が、急ぐようにして顎の先端から雫となって大地へと落ちて行く。

 此処はナイトランド、その余りにも広大な領土を超えて、遥か外の国々にまで名声轟くアークシール家の印道術が今、バネッサ・アークシールの手によって始まろうとしていた。






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