ト ラ ン セ ン ド ・ ブ ル ー × ナ イ ト ラ ン ド
清 |
浄 |
編 |
| |
0 2 2 |
緊迫の状況で横槍を入れるように降り続ける雷雨の中、瞬く間に滑り落ちる稲光を合図に、それは始まった。 「王雀よ。アークシールの印道術を持ってして、安寧の時を与えよう!」 自らに喝を入れるように声を上げたバネッサは、右の手の平と甲の上で巧みに剣の柄を転がすと、素早く剣先で横8の字に無限を表す記号を宙に描いて見せる。 そして雨粒に濡れて、いっそう艶やさを増した唇からは、光と影が入り混じり合うような言の葉が、紡ぎ出されて行くのであった。 「鋼の魂が救済を求める時、聖者の口角は躍動し愚者が踊り狂う。絶望の中で光という幻想を求めれば、そこで出会う希望は狡猾に裏切り仇なすだろう。悪鬼の嗚咽、賢者の怒号、道化の慟哭。闇を受け入れその身に纏え、魔神の囁きに耳を傾け聴き入れよ。卑しく差し出された輝く白い手を振り解き、錆付き腐食した黒い腕に縋り付け・・・」 バネッサによる淡々とした詠唱が、雷雨の音と溶け合いながら闘技場に降り注ぐ。 「・・・巨獣の咆哮、機械人形の葛藤、大樹の抱擁。我が刻印ノ剣に宿りし螺旋に蠢く大三界の異形の者達よ。生きとし生けるものが バネッサは詠唱の声と共に、上空の厚い雨雲を一突きにする勢いで、降り頻る雨粒を切り裂きながら自身の頭上へと剣を掲げた。 すると掲げられた剣から静かに赤白い光が発せられる。 その光はまるで液体のように剣という器に注がれて行き、次第に強く、眩く、輝きを増して行くのである。 やがて赤白い光は剣という器から溢れ出ると、電気が短絡したような鋭い音と共に、何か得体の知れない生物の触手の如く、グネグネと縦横無尽に激しく暴れ出すのであった。 荒れ狂う帯状の赤白い光を押さえ込むかのように、バネッサは気迫を込めた声を上げる。 「あのありふれた空虚な世界に溢れる万感の想いを抱き入れ、かの全身全霊を持ってして、この〈 切望 〉に応えよ!」 バネッサは頭上に掲げていた剣をくるりと反転させると、今度はその剣を地面に深く突き刺した。 すると生物のように暴れ狂っていた光は、剣が地面に刺されたと同時に再び剣へと収束して行く。 そして光が剣へと収束仕切ったその時、剣を中心にして赤白い魔方陣が地面をキャンパス代わり、ブワッと急速に展開し描かれて行くのであった。 バネッサの唇が静かに、それでいて覇気を伴って力強く躍動する。 「 魔方陣がバネッサの言葉に応えるようにして眩い光を放った。 すると直径が10メートル以上は有ろう巨大な魔方陣がゆっくりと回転を始めるのである。 魔方陣は周囲に強力な気流を生み出しながら、地面から上へと螺旋を描くように隆起して行く。 そして高さ6メートル程の所で隆起が止まると、筒状の3層構造である魔方陣の楼閣が現れるのであった。 古代文字なのだろうか観た事もない文字で魔方陣一面が埋め尽くされ何やら ゆっくりと回転を続ける魔方陣の楼閣に、闘技場内の大気が渦を巻くようにして吸い寄せられ飲み込まれて行く。 降り頻る雨は魔方陣に触れる度に、バチバチと音を立てながら蒸発している。 「バシュ!」と言う小さく鋭く爆ぜる音、まるで小型の竜巻のような気流に石が巻き込まれ魔方陣に触れると、一瞬にして粉々に砕け跡形も無く消え失せるのであった。 この魔方陣出現の様子の一部始終見ていた隊員の誰もが、唖然とし各々に驚きの声を揚げる。 「・・・す、凄い」「何なの・・・これ!?」「同じウェザーの騎士でありながら、これ程までに力の差が!」「これが蒼天三頭の力・・・」「洒落に、ならないね」「俺達の力とは根本的に次元が違う」 魔方陣に生み出された強力な気流に巻き込まれまいと、必死になって近くの固定物にしがみ付く隊員達。 彼等の姿に、ランブレは自分に語り掛けるようにして呟く。 「驚くのも無理はないか・・・ 俺も、初めてこれを目にした時にはそうだったからな」 ランブレの呟きを耳にして、隣で身構えるサッチャン・マグガバイもまた、隊員達と同様に驚愕したように目を見開いていた。 魔方陣に吸い寄せられる小石や建造物の様々な破片が、兜を除く鎧で完全武装しているサッチャンに当たっては鈍い金属音を奏でて魔方陣へと消えて行く。 「ランブレさん、副隊長のあの剣って!?」 「っん!? あれか? あれが印道術師が扱う〈 刻印の武器 〉だ。 主に剣を扱う印道術師が多いようだが、剣以外にも杖や弓など様々な武器や、変わった物では防具や装飾品なんてのもあるそうだ。まぁ、バネッサの場合は一流の剣士でもあるから当然、好んで剣を使用しているみたいだけどな」 「あれが、刻印の武器ですか」 サッチャンは術式に入っているバネッサの手にある剣を食い入る様に見詰めている。 いつもバネッサが何気なく携えている剣なのだが、印道術を発動している様が余程に物珍しいのだろう。 サッチャンを横目に、ランブレが少し誇らしげな口調で、バネッサの剣について語り出した。 「バネッサの刻印ノ剣は、先の巨人族との大戦で奪還した3本の内の一振りで、皇帝陛下より直々に賜った代物だ。名を〈 切望 〉と言う 」 「切望、ですか。何か、儚い響き・・・」 「望みが切られると捉えるのであれば、そう感じるのかもな」と、ランブレはサッチャンの意外な感性に同調してみせた。 「あの剣は極めて強力な刻印の武器で、確か妖精族で継承されて来た遺産の一つだったはず・・・だよな? リンネ」 ランブレは自身と共にサッチャンを挟むような位置で待機しているリンネに話を振った。 「並みの印道術師では、あの刻印ノ剣は到底扱えない。ましてや人間、いいえ妖精族であったとしても、扱える者など世界に極僅か」 妖精族であり精霊術を扱えるリンネの冷めた羨望の眼差しが、只の人間であるバネッサに静かに向けられている。 「数百年に1人と称えられる天才印道術師、バネッサ・アークシールだからこそ扱える剣。アークシール家と言うのは、本当に恐ろしい一族だ」 「・・・だな」と頷くランブレの横で、リンネの話に口を噤んでしまうサッチャン。 そんなサッチャンの鎧越しの肩にランブレが手を軽く置くと、脅かすように口を開くのであった。 「世に居る様々な道術を行使する騎士達は、〈 「神道・・・ 騎士」 「まだまだバネッサの力に驚くのはこれからだぞ・・・」 ランブレの言葉に耳を傾けるサッチャンの喉元が、唾を飲み込み小さく震える。そして神道騎士バネッサの姿と、その事の成り行きを刮目しながら大きく息を飲み込むのであった。 赤白く輝く巨大な魔方陣の中心部にいるバネッサは、剣を大地に突き刺した姿勢のまま、体中の神経という神経を研ぎ澄ましていた。 (さぁ、どうする!? ここまで封印の崩壊が進んでいるとなると、捕獲を諦め対象と同じ王雀を使い〈 封印相殺 〉で解印させるしかない。しかし、相殺させるにもこの夢幻界楼の中に王雀はいない・・・か。父上の話では印式の酷似した 葛藤でもするかのように心の中で自問自答をするバネッサ。 ( ブガオワァオォーーー!! ) そんな焦るバネッサを嘲笑うかのように王雀のけたたましい咆哮が闘技場中に轟き渡る。 「考えている暇はないわね・・・一か八かでもやるしかない!」 覚悟を決めるバネッサの言葉に、それは唐突に反応した。 「・・・そんな博戯のような真似事を、本気で行うつもりではあるまいな?」 「・・・・・!?」 顔色を変えずに驚くバネッサの不意を衝いた声は、地底深くから重々しく湧き上がって来るのであった。 「小弱なる人間の小娘よ。仮にも栄華極めるこの帝国を危機に晒すつもりか? 」 嘲笑う様な腹の真に重く響くその声は、王雀のものではなく、バネッサの発動させた魔方陣の楼閣の最下層から聞こえて来る。 そこはまだ大地に深く埋もれている箇所であり、術者であるバネッサでさえ視認する事は出来ないでいた。 「・・・・・・」押し黙り声を聞き流すバネッサに対し、誘惑するように声は続く。 「幼きアークシールの娘よ、私が力を貸してやると言っておるのだ。王雀であろうと、私の力で捻り潰してくれるぞよ」 「・・・黙れ」 地底からの声の主は、バネッサの無機質で冷徹な返事に対して、気に留める様子もない。 「さぁ、この強大なる力をその手に取るがいい。さあ!」 地底からの執拗な誘いにバネッサは静かに目を閉じる。 そして再びゆっくりと目を開くと、一呼吸を置いて応えた。 「私は黙れと言ったのよ・・・ 帝国への侵略戦争を企てた首謀者が1人、 バネッサに名指しされた声の主の正体は蒼焔の巨人王、その声が凄みを増して地底から沸き上がる。 「・・・ならば見せてみよ。私の力無くして、この場を凌ぐ事が出来るのかをな。ただし、仕損じれば、」 「分かっているわ!」バネッサは語気を強めて巨人王の言葉を遮ると、巨人王が言わんとしていた事を自ら口にする。 「あなたは晴れて、自由の身になるわ」 「フッフッフ・・・ 今からその時が楽しみだねぇ」 バネッサの応えに満足でもしたのか、不敵な笑いを含んだ蒼焔の巨人王の声は、大地の底深く不気味に沈んで行くのであった。 |
2001-2020 © DIGITALGIA
※ 当ウェブサイトに掲載されている画像・文章など、著作物の転載・複製・改変などの一切を禁止しています。