ト ラ ン セ ン ド ・ ブ ル ー  ×  ナ イ ト ラ ン ド

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 魔方陣の楼閣そびえ立つ地中からの声。
 バネッサを誘惑した蒼焔そうえんの巨人王 ハイネヒート・アースウォーカーは、巨人族を束ね世界各地で国を興した8人の巨人王の1人である。
 数年前、アークシール超帝国と3人の巨人王率いる巨人族との大規模な戦争が、帝都から遥か東の地にて勃発した。
 この戦において蒼焔の巨人王は、世界で最も強大な力を持つ1人の大印道術師によって封印される事となったのであった。
 バネッサが扱う刻印ノ剣〈 切望 〉は、蒼焔の巨人王を封印する為の媒体にもなっており、巨人王は今、夢幻界楼の最下層に〈 覇王印 〉と呼ばれる極めて強靭な印式によって封印されているのである。

 剣を媒体として施す封印術と言うのは、剣一の持つ天地清浄流の剣においても言えるのだが、非常に珍しいケースである。
 剣などのように戦闘において常時、酷使して扱う物などは損壊するリスクが高い為というのが、その理由の一つであった。
 媒体が完全に破損した場合、施した封印術は不自然な形で解印されてしまい非常に危うい状態となるのである。
 但し、今回の天地清浄流の剣に施された封印術の暴走は、気の遠くなるような時を経た封印術の経年劣化、剣一がこちらの世界へ飛ばされた際による何らかの変化、剣一の力の一端の覚醒による影響など、様々な要因が重なったものだと考えられる。

 剣を封印術の媒体に用いる事は稀だとは言え、王雀や巨人王のように余りにも巨大かつ強大な力を持つ存在が封印対象であった場合には、敢えて剣などの刻印の武器が媒体として用いられる事は少なくはなかった。
 刻印の武器は印道術師の為に作られた専用の武器であり、当然のように印道術との相性が良く扱う者の力量次第によっては、リスクよりも遥かに多くの恩恵を受ける場合もあるのである。

 時には国家単位での奪い合いの戦争をも引き起こす、世界中に散らばる特殊な力を秘めた剣と同様、刻印の武器とはかくも得難く恐ろしい武器なのであった。


 唐突であった巨人王の声に、改めて覚悟を決めるバネッサは、慎重に見落とさないよう何かを探るような様子で魔方陣の中心部に立ち、360度ぐるりと楼閣を見渡している。
 そんなバネッサの視点が、ある地点で定まった。

「・・・いた!」

 何かを観付け出したバネッサは両腕を胸の前に突き出すと、古代文字の蠢く魔方陣の中から、何かを引っ張り上げるような動作を何も無い空中でとるのである。
 その仕草はまるで、檻の中から猛獣でも引きずり出さんとする様にも見えた。
 激しい抵抗の為に、バネッサの両腕に異常なまでの負荷が加わる。
 それでも魔方陣の中から、何かを引き釣り出そうと歯を食いしばるバネッサ。

「私に従え! 円雀えんじゃくに、五雀ごじゃく!」

( キィエェォーーー! )(ゴワァォォーーー! )

 バネッサにより引き釣り出された2羽の大きな怪鳥が、けたたましい咆哮と共に勢い良く、魔方陣から飛び出すのであった。
 羽ばたかせるその翼は円弧を描くように美しくカーブする円雀。
 そして、5羽の鳥が編隊を組み、一糸乱れぬ統制を取りつつV字飛行する五雀。
 2羽の怪鳥が互いに背を向け、バネッサから逃げるように魔方陣から遠ざかろうと、雷雨の中を羽ばたいている。

「術者である私から逃げる事なんて出来ないわよ!」

 バネッサは突き出した両手で物を掴むような動作を行う。
 すると、空を舞う2羽の怪鳥がバネッサの手に掴まれるようにして、空中で激しくもがき出すのであった。
 まるで怪鳥を素手で捕獲しているような様子のバネッサは、すぐさま勢いよく両腕を交差させる動作を取る。
 すると円雀と五雀の2羽は、そのバネッサの動きに連動するように、王雀を目掛け勢いよく飛び出して行くのであった。

 バネッサの発動させる印道術下において、2羽の怪鳥に自由などはなく、術者の意向に反すればたちまちの内に、見えない糸で繋がれる操り人形の如く、その行動は是正させられるのであった。

 バネッサの放った2羽の怪鳥が哮り立ち、自らの体長の倍以上もある王雀を激しく挑発している。
 次にバネッサが自身の腕で素早く大きな円を描くと、円雀はその動作に連動し高速旋廻を始めるのであった。
 すると渦状に激しい気流が発生したかと思えば、その気流は見るまに成長して行くではないか。
 成長した気流はまさに、円雀が作り上げた強烈な渦状の下降気流ダウンバーストであった。

 天地清浄流の剣から発現している王雀を、濡れる大地に押さえ付けんと下降気流で渦巻く暴風が荒れ狂う。
 その旋風の中心に王雀を据えた状況の下、編隊を組みV字飛行をする五雀が旋風の中に勢い良く突入して行く。
 編隊を乱す事なく更には旋風の勢いに乗り、飛行速度を一気にに上げて行く五雀の体が、断熱圧縮の影響なのか炎に包まれるのであった。
 全身に炎の衣を纏った五雀が、けたたましい咆哮と共に王雀を標的に特攻宜しく突っ込んで行く。

 自身を取り巻く激しい旋風の中で、ゆっくりとかしらを持ち上げる王雀が「幼鳥風情が、王の頭上で戯れおるか!?」と、この場において初めて言葉を発する。
 そして、吹き荒れる旋風の外側の大気をも震わせ轟く咆哮を上げるのであった。

(グガァバァドォーーーーー!!)
 王雀の凄まじい咆哮に、円雀と五雀の2羽が対抗の意思として調和して呼応する。
( キィエェゴワァォォーーー!!)
 2羽の怪鳥の混じり合った鳴き声は、まさに絶対的な存在である王へと挑む決死の咆哮であった。

 天地清浄流の剣に佇む王雀が、その巨大な翼を広げ幾度と羽ばたいてみせる。

「王を前にして、頭が高いと言っておるのだ」

 その様子を目にしたバネッサの表情が見る見る内に険しさを増して行く。

「・・・まさか!?」

 ゆっくりと雄大に翼を羽ばたかせる王雀は、天地清浄流の剣から音も無く飛び立つと、炎の衣を纏い流星のように突っ込んで来る五雀を迎え撃たんとするのである。

 バネッサが頭の中で描いた予期が現実となってしまった。
 何者かによって天地清浄流の剣に封印され剣に縛られていた王雀が、剣から離脱するという行為は、封印の崩壊を示しているのであった。

 猛烈な旋風と共に天から注がれる雨粒を弾き飛ばしながら、空を翔け昇る王雀の姿はまさに荘厳の一言に尽きた。
 その堂々たる王の巨大な翼が、銀色に変色し硬質化を始める。
 羽根の一枚一枚が、鋭利で光沢のある鋼へと変質して行ったのである。

 五雀と円雀を目掛け上昇する王雀が、自身の体を捻り高速回転をしながら飛行速度を上げて行く。
 旋風の中で舞うようにして、刹那にぶつかり合う怪鳥達・・・
 次の瞬間にはもう、王雀の姿は円雀の作り出した旋風の遥か上空へと舞い上がっていた。
 地上を見下ろす王雀の視線の先、慈悲も無く切り裂かれた2羽の怪鳥の姿が重力と言う名の死神に呼ばれている。
 王雀からすれば雑兵と言えど、勇猛果敢に王を迎え撃った2羽の怪鳥は、無残にも雷雨の空に旋風を連れ立って消散して行った。

(グガァバァドォーーーーー!!)

 王雀が咆哮と共にその余りにも巨大な翼を広げ、上空からバネッサを見下ろしている。
 そして、大気を大地を震わすような王雀の重低の声色が、ビリビリと闘技場に響き渡るのである。

「小娘如きが、余を解印出来ると思うておるか!」
「ぐっ・・・」ある程度の予測は立っていたのであろうが、バネッサの口からは悔しさ混じりの溜息が漏れた。

「人間の小娘が余を支配しようなど、永遠に叶わぬとしれ」

 王雀は翼を大きく羽ばたいて見せると、落雷を思わせるように一っ飛びでバネッサの目前へ。
 まさに迫ったその時である、王雀の背後に巨大な岩壁のような人影が現れるのであった。

「そのまま捻じ伏せなさい・・・ 愁いの巨岩兵 ギーガゴレーム」

 バネッサが自らの胸元で、両腕を用い虚空を羽交い絞めにする動作を取ると、愁いの巨岩兵もまた連動するようにして同じ動作を取るのであった。
 全長が10メートル以上は有ろうかという巨岩兵が、王雀の翼を鷲掴みにすると、抗う王雀と力比べをするようにして徐々に腕を交差させ、そのまま力ずくで大地に捻じ伏せようとするのである。

「王の体に触れるなど・・・ 身の程を知らんか」

 巨岩兵との激しい力比べの最中、王雀の鋭い鋼の翼が赤みを帯びながら変色して行く。
 鋼の翼が急速に発熱しているのだ。
 高熱を発する王雀の鋼の翼は、巨岩兵の両腕と胴体を熔かすようにしてめり込んで行くのであった。

 王雀の全身にまで及ぶ高熱は、激しく降る雨や、大地に溜まる周囲の水分を巻き込んで、瞬間的に水蒸気を発達させた。
 急激に発達した大規模な水蒸気が、巨大な2体の怪物を覆うように取り囲んだ瞬間、バネッサや観戦する騎士達の心臓を押し潰す様な爆発音が、大気を猛然と振るわせたのであった。

 砕け散った巨岩兵ギーガゴレームの破片と、大爆発により抉れた闘技場の土壌が、雨と共に闘技場に降り注いでいる。

「まさか、そんな・・・」

 唖然とするバネッサの視界に現れたのは、水蒸気をも焼き尽くさんとして轟々と燃え盛る火焔をその身に纏った、王雀の真の姿・・・
 それは数々の神話や伝説にも登場する、まさに〈 火の鳥 〉そのものであった。

 威風堂々たる王雀の真の姿を目の当たりにするバネッサは、明らかに動揺し畏怖の念すら抱くのであった。
 歴史上の様々な文献や伝承にも、父である皇帝に聞かされた話にも無かった目の前の圧倒的な現実。

 目に見えて隠し切れないバネッサの動揺は、早口になる言葉にも露骨に現れていた。

「・・・も、猛然と無慈悲に貫け! 殺戮の暴獣 キーン!」

 剣のように、頭部に何本もの鋭利な金属の角を持つ獣が現れると、バネッサの振りかざす腕から放たれるようにして、王雀へと真っ直ぐに突進をする。
 がしかし、王雀との間合いが近付く程に、殺戮の暴獣の体は炎で焼かれ、熱で溶かされて行く。
 王雀の真の姿に狼狽したバネッサは、何の策も無くして、ただ単に殺戮の暴獣を放っただけであった。

 バネッサの心の底には、恐怖が絶望を引きずり近付いて来る音が、ハッキリと聞こえているのであった・・・






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