角 ノ 覇 王 と 鋼 鐵 ノ 姫
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プ ロ ロ ー グ |
宙空に浮かぶのは、目が回ってしまう程に複雑で緻密な機構で成り立っている巨大な機械仕掛けの輪である。 黄金の閃光を放つこの巨大な輪は前後に連なる形で二枚あり、互いの輪が左右逆回転でゆっくりと、まるで時でも刻んでいるかのように規則的に回り続けていた。 巨大な輪から光と共に何度も発せられる重低の地響きが、大気を激しく震わせながら偉大なる王の帰還を世界に啓示する。 (グゴォガァーン・・・ グゴォガァーン・・・ グゴォガァーン・・・) 血なまぐさい修羅場に響き渡る荘厳かつ重厚な鐘の音は、幾度となく天上を打ち砕かんと轟き渡った。 鐘の音と共に巨大な機械仕掛けの輪から発せられている黄金の輝きは、神々の峰を駆け昇り悠久の大地に降り注ぐ眩い太陽の光の如きであった。 この大いなる光明は、言うならば神仏において視覚的に表現された後光のようである。 形状の異なる抜き身の双剣を片手に一本ずつ携える人型をした無機質な機巧の体が、目も眩む程の強さで放たれる後光によって、巨大な輪の前でおぞましく浮かび上がっていた。 激しく続いた戦により、すっかりと荒れ果ててしまった大地に立ち会う全ての者の視線が、強大な引力にでも従わせられるように、その圧倒的にして絶望的な存在に向かって一心に注がれているのであった。 機巧の体をした主の頭頂部左右には、ゴツゴツと角張り見るからに硬そうな二本の角が勇ましく雄大に生えている。 堂々として伸びる二本の角は、背後に浮かぶ巨大な輪の強烈な閃光を受けて虹色に悠然と揺らめきながら、見る者に畏怖の念を与えんと神々しく煌めいていた。 光の分散によって虹色に輝く角と、無機質な機巧の体を持つ主が、口を妖しく開き、突き刺さるように鋭利で凍て付くほどに冷たい声色で戒めを説く。 その戒めは後光に当てられ萎縮している者達の脳裏へと、直接的に静かでなだらかに流れ込んで行くのである。 「決して真理を求めるな 断じて叡智を欲するな 高潔なる欲求の先に待ち構えるのは 眩いまでに美くしく虚しい 黄昏に染まる無だ」 かつて〈 落日の殲滅王 〉と呼ばれ、全ての人種族や 緑豊かな山々に囲まれた湖の波打ち際に、一人の少女がうつ伏せの状態で砂浜に打ち上げられている。 穏やかに揺れる波が、時より吹く柔らかな風に導かれるままに、少女の足を優しく何度も撫でていた。 ただ、少女の足だと言っても正確には少女の素足ではなく、サバトンと呼ばれる足を覆う鎧である。 村や街で暮らすごく一般的な女性達の身なりとは大きく異なり、少女は足の爪先から太ももに掛けた脚部には鎧を装着している。 左右の太ももを覆う鎧は特注なのだろう、長さ三十センチ程の二本の刀剣が、鎧を鞘代わりにして左右に丁度良く収まっていた。 鎧や刀剣だのを身に付け、この世界でこのような格好をしているのは、多くの場合が騎士や戦士の類いである。 だがしかし、うつ伏せている少女の背格好は同年代と比べてみても随分と小さく、騎士だ戦士だと言われても信じられる者は少ないに違いない。 この事には少女の違和感のある身なりが、より一層に拍車を掛けていたのだ。 少女は脚部こそ鎧で固めているものの、騎士や戦士としてはこれまた不相応なワンピースを着用するという、何ともチグハグな身なりだったのである。 少女が着用している半袖のワンピースには、袖や裾、襟の部分に琥珀色の細かい刺繍が施されており、上等な品物であると分かった。 そんな高価な物だと言うのに、湖の周りに広がる山の斜面でも転げ落ちてしまったのか、真っ白だったはずのものが、今は泥の茶や草の緑で汚れてしまっていた。 しかし酷い汚れようだと言うのにワンピースにはほつれ一つ見当たらず、そしてもっと不思議だったのが少女には掠り傷一つ無かったという事である。 砂浜に波打つ白波は、少女が目覚めるのを根気よく待ち続けていた。 少女が浜辺に打ち上げられてから、どれぐらいの時が経過したのだろうか、少女は小さく呻きながら意識を取り戻すと、少しずつゆっくりと目を開けて行く。 真っ先に少女の視界に飛び込んで来たのは、少女の隣で彼女と同じように倒れ波に撫でられている一枚のとても分厚い板のような箱のようなものであった。 縦にも横にも少女の体よりもふた回りも大きな謎の物体は、その形状に均整も無く表面も不規則で凹凸がある。 一見しただけでは、長い年月を彷徨っていた漂流物のようであり、死者を弔う為に流された棺桶のようでもあった。 目に映るこの巨大な物体が一体何なのかと、少女にはまるで分からなかった。 いや、分からないのではなく、この物体が自身の所有物であるにも関わらずに、記憶から喪失してしまっているのである。 少女はまだ気怠く重たい体を大地から引き剥がすように起こすと、ゆっくりとその場に立ち上がった。 眼前に広がる煌めく湖を大きく見渡すと、大小様々な規模の滝があり周囲の山々にも多くの滝がうねるように点在している事に気付くのである。 虹色の輪が滝の水飛沫によって無数に浮かび上がるこの幻想的な風景を、少女は幾度も見ているはずであったがまるで思い出せないでいた。 「ここは、いったい何処なんだろう・・・」 そう小さく呟いた少女が、怖いぐらいに澄んだ湖に向かって祈るような気持ちで目を瞑る。 すると、少女の祈りに呼応するようにして気持ちの良い風が吹き抜けて行く。 少女の肩よりもずっと長い、明るい赤みの紫である 目を閉じる少女は、意識を失っていた時に見ていた悪夢を思い出そうと、豊かに膨らんだワンピースの胸元を右手でギュッと握るのである。 しかし、少女が見ていた世界の終焉の始まり、あの悪夢は夢でも無ければ白昼夢でもないのであった。 あの光景は、少女が過去に目の当たりした記憶であり、少女はあの光景の続きを必死になって思い出そうとしていた。 落日の殲滅王の前に立ちはだかるのは、何の武器も持たない一人の青年であった。 青年は終焉の脅威を目の前にしてもまるで動じた様子もなく、それどころか楽しむように薄ら笑いを浮かべている。 何故か見覚えのある青年の笑みに、少女の唇から振り絞る声が漏れた。 「・・・ 少女はこの相対する二人の事を誰よりも良く知っているはずであった。 少女にとって二人は、決して忘れる事など出来ようもない掛け替えのない存在であるはずなのに、頬を伝う銀色の滴のように少女の記憶からはすっかりとこぼれ落ちていた。 「わたしは、いったい誰なんだろう・・・」 再び小さく呟いた少女は、両腕を広げながら力無く崩れるように両膝を砂浜に突くと、悲嘆に暮れる表情で大空を仰いだ。 重厚に沸き立つ白色の雲と青色の階調世界には、光を燦々と降り注ぎながら少女を見下ろす三つの太陽が、憐れむようにただ静かに佇んでいた。 |
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