角 ノ 覇 王 と 鋼 鐵 ノ 姫
夢 |
想 |
編 |
| |
0 0 1 |
この世界というものを直接的に現す名は存在しない。 大陸や都市、人や物には当然のように名前はあるが、この世界そのものを指す名前は無いのだ。 つまりはここで言う世界というのは、魂の宿らない仮の呼称に過ぎないのである。 故に、この世界に存在するあらゆる万物に名前が有るという事は、ただそれだけで尊い事なのだ。 この名も無き世界において、その特別で特殊な力である 無限とも思える程に果てし無いこの名も無き世界には、一つの超巨大な帝国が存在している。 その帝国の名は、アークシール超帝国と言う。 アークシール超帝国内の領土には、様々な人種族が生きる独立した国家が数多く存在した。 アークシール超帝国と数多くの国家が存在する地は、国家に属する騎士や私設団を形成する傭兵騎士など、その余りの騎士人口の多さから、人々はナイトランドと呼称している。 そんなナイトランドの大地は、それだけで一つの世界だと言える程に広大なものなのであった。 ここは、アークシール超帝国の中心地である帝都アクシルから、遠く一万キロメートル以上は離れた小さな町である。 三千メートル峰が連なる山脈を望む大自然が豊かな場所で、普段ならば 町の中で悲鳴を上げながら逃げ惑うのは、女子供ばかりではなく大人の男達も同じである。 そんな彼らは、燃え盛る炎から逃げているわけではなかった。 彼らが必死になって逃げている対象は、炎を放った元凶であり、そして微塵の容赦も無く人間を捕食する存在、 魔鬼に襲われている町の外の原野では、ナイトランドの各地から集まった騎士や戦士が、魔鬼との激しい戦闘を繰り広げていた。 様々な形状をした魔鬼は、漆黒で硬い外骨格のような外皮で覆われている。 百には満たない数である魔鬼の群れは、その何倍の勢力を誇る騎士や戦士を圧倒し、そして次々と捕食してゆく。 どのように見ても人間側には分が悪いこの戦場で戦っているのは、ナイトランドにおいて三大騎士団に数えられるアークシール超帝国騎士団の騎士と、ナイトランドで活動している様々な私設騎士団や騎士組合と呼ばれるギルドに所属する騎士や戦士であった。 殺伐とした無慈悲な戦場を実際に目の当たりにし、本能のままに捕食と殺戮を繰り返す魔鬼の強大で凶悪な力を体験している一人の傭兵騎士。 まだ二十歳にも満たない青年マルク・ロデントは、金銭を稼ぐ為に戦うギルドに所属する私設騎士団のまだ駆け出しの傭兵騎士であった。 戦場では、騎士達の怒号や悲鳴、そして魔鬼の咆哮が大気を揺らしている。 肩で息をするマルクは、魔鬼が絶命した際に残す鉱物を握りしめたまま、その場に立ち尽くして、何を見るでも無く呆然と辺りを見詰めていた。 「 ボロボロに刃こぼれをして切れ味の落ちた剣に視線を移すマルクは、ため息混じりで自身の持つ剣を見て嘆いた。 そして再び、視線を周囲で展開されている地獄絵図に巡らせると、恐れるでもなく、ただ人間の脆弱さに呆れてしまうのである。 「ナイトランド各地から集まった千人以上の騎士も、残ったのはこんなものか? 今、戦っている騎士の大半は、超帝国騎士団の騎士様だな」 マルクの周りには、バラバラになった人の体が無数に散らばり、無残な屍の山が築かれていた。 そんな地獄のような惨状の中において、魔鬼との激しい死闘を続けているのが、アークシール超帝国騎士団の騎士である。 超帝国騎士団の騎士が身に付ける白銀色の甲冑や手に握る刀剣が、三つの太陽の陽光を照り返している。 その高価な輝きは、今のマルクにはとても眩しく、そしてとても妬ましく思えた。 「流石は超帝国騎士団の騎士の武具だ。俺達、貧乏騎士団とは物が違うよな。刀剣なんて、当たり前のように鋼鉄位〈 マルクは自身の持つ刀剣と、超帝国騎士団の騎士が持つ刀剣の質の差を憂うように呟く。 「今回の案件、貧乏騎士には荷が重かったのか・・・!?」 そんなマルクが羨む程の高価な武具や刀剣を装備した超帝国騎士団であったが、魔鬼の群れに対しては、完全に押され劣勢を強いられているのであった。 超帝国騎士団の騎士の中にも、この負け戦から敗走する者や、自らの命を諦めて無抵抗で魔鬼の餌食になる者まで出ている。 マルクはその惨状を、まるで他人事のように瞳に映していた。 「多少は腕に自信があって入隊したんだろうけど、超帝国騎士団の騎士だって人の子か。ずっと上の方の階級の騎士は違うんだろうけど、この戦場にいる一兵卒の騎士なんて、俺たち貧乏騎士と余り変わらないのかもな」 満足に魔鬼を倒せない自らの弱さの正体が、本当は高価な武具や刀剣では無い事をマルクは分かっていた。 しかし、心の中でそれをどうしても認めたくないマルクは、何か激しく葛藤しているようでもあった。 「この戦い、ギリギリの所で踏ん張れてるのは、 ここが魔鬼の群れと死闘を繰り広げている戦場だという事を、マルクは忘れているわけではない。 マルクは嘆く事の無意味さを思い直したように 「・・・違うだろ。装備や刀剣の差なんかじゃない。俺の剣刀術の力量不足だろ!? ここは命を奪い合う戦場だ。グチグチ言ってたって始まらねぇ。日銭を稼がねぇとな!」 そうマルクが意気込んだ矢先、マルクの遙か前方に居た巨大な二体の魔鬼が血を吹き出しながら大地に横たわる。 絶命し次第に蒸発して行く二体の魔鬼の間から現れたのは、新たな別の一体の魔鬼であった。 マルクの視界に飛び込んで来たこの魔鬼の存在によって、この戦場の戦況が一変してしまうのである。 新たに現れた魔鬼の存在は、戦場に居合わせる騎士や戦士だけでなく、それに敵対する魔鬼にとっても異質な存在であった。 この魔鬼の形状は、はっきりとした人型であるだけでも珍しいのだが、その強固な外皮は漆黒色ではなく純白色であったのである。 そして、魔鬼は自らの爪や牙、角など肉体を武器とする事が普通であるが、この純白の魔鬼は一振りの巨大な刀剣を右手に握っており、これも明らかに異質だと言える要因であった。 純白で異質であるこの魔鬼を目にしたマルクの表情は、動揺で激しく引きつっている。 何もこの動揺はマルクだけではなく、この戦場で戦っている騎士の誰もが、目にする事が初めてなのに違いない純白の魔鬼の出現に、虚を突かれたように口々に愕然の言葉を吐き出すのであった。 「あの白い魔鬼はいったい何なんだ!?」 「どうして魔鬼が武器を持っている?」 「刀剣を手にした魔鬼なんて今までに見たことがない」 「いや、待てよ。うわさ話にだが、聞いたことがあるぞ。刀剣持ちのキキの話を」 「何にせよだ。この状況は普通じゃない・・・」 各々に驚愕する騎士達を嘲笑うかのようにして、純白の魔鬼に続くように現れたのは、白銀のマントを羽織り、三本角を持つ琥珀色をした一匹のスライムであった。 純白の魔鬼ですら異質なのに、ここへ来て更に異質な透き通る三本の角を持った魔物が現れたのだ。 これにはもう騎士達の誰もが押し黙り、唖然とする事しか出来ないでいた。 この余りの状況には、マルクも唖然を通り越して、引き攣らせた顔で無理矢理にでも笑うしか無かったのである。 「はははっ、刀剣を持った白い魔鬼が、角のあるスライムを引き連れてる? これはおとぎ話か何かか? ひょっとして、あの白いキキは魔鬼ではなく マルクはもうすっかりと、訳が解らないといった感じであった。 そんな驚愕する騎士やマルクの事など、まるで気にも留めていない様子である純白の魔鬼と角のスライムであったが、どうも魔鬼に対しては別のようである。 憤怒した阿修羅の如き形相の純白の魔鬼は、手にする巨大な刀剣を振るっては、同じ種族であるはずの魔鬼を次々と切り伏せながら歩を進めているのだ。 この奇怪な状況に混乱しているのは魔鬼だけではなく、当然この場に居合わせる騎士も同じである。 ただ違ったのは、同じように純白の魔鬼を驚異だと感じても、騎士が逃げ出すのに対して、魔鬼は鋭い爪と牙、そして角を用いて、突如として現れた純白の魔鬼に猛然と襲い掛かって行く。 次から次へと襲い来る魔鬼の猛攻であったが、純白の魔鬼は歩みを止める事なく、巨大な刀剣を軽々と振るっては、多種多様な形状を持つ魔鬼を両断し切り伏せて行くのだった。 真っ直ぐにマルクの方へと向かって来る純白の魔鬼。 周囲に居た騎士の中で、魔王の如く歩みを進める魔鬼に挑もうなどと考える者は一人としていない。 それどころか騎士の所属を問わずして、腰を抜かして四つん這いで逃げようとする騎士もいれば、刀剣を放り投げて脱兎の如く逃げて行く騎士もいる有様であった。 その反面、マルクはと言えば、純白の魔鬼がいよいよ目の前まで迫って来ても逃げようとはせず、開き直ったような心境で覚悟を決めている。 「あぁ・・・、どうやら俺も、ここで終わりそうだな」 マルクが逃れようのない死を悟ったその時、純白の魔鬼よりも一回りも大きい一体の魔鬼が、間に割って入るかのようにして、純白の魔鬼へと襲い掛かった。 純白の魔鬼が持つ巨大な刀剣が煌めいたと思った瞬間、一閃と共に上下に両断され吹き飛ぶ魔鬼の上半身と共に、マルクは巻き込まれ飛ばされてしまう。 大地に激しく頭を打ち付けたマルクは、地面に耳を傾けるようにして大の字に倒れてしまうのであった。 脳が強く揺さぶられた事により細かく震えるマルクの視界、そこには琥珀色に輝くスライムを従えるようにして、歩を進めて行く純白の魔鬼の後ろ姿が映し出されていた。 どうやら純白の魔鬼にとって、戦場で戦う騎士や魔鬼の存在は、ただ単純に自らの進行を邪魔する障害物に過ぎないのだろう。 周囲で怯える騎士や警戒している魔鬼には一瞥すらする事も無く、純白の魔鬼はただ只管に歩を進め通り過ぎ去っ行くのである。 その歩みは、まるで特別な使命にでも駆られているような鬼気迫るもので有るにも関わらず、どこか優美で気品に満ち溢れているような前進なのであった。 大の字に倒れながら純白の魔鬼の背を見送っていたマルクは、大空と向き合うように頭を動かした。 そして、流れゆく雲に静かに目を泳がすと、思い出したかのように呟くのである。 「あいつ、今頃どうしてるんだろうな? とんでもない連中相手に、自ら望んでついて行っちまいやがった。 ・・・なぁ、プリオ。お前、元気でやってるか?」 ひとすくいの砂粒に 当然のように、青い空も白い雲も、立ちの昇る黒い煙や大地に流れ染みる赤い血でさえも、マルクの言葉に応えるはずもなかった。 「ふっ、お前の事だ、元気でやってるんだろ。きっと今も、歯を食い縛って、必死になって戦ってるんだろうな」 何かを思い直したマルクの表情は、清々しいものになっていた。 そして、ダメージを受けてすっかりと重たくなってしまった体を起こすと、自らの心を奮い立たせるようにしてその場で立ち上がるのであった。 側に落ちていた超帝国騎士団の騎士の物であろう刀剣を拾い上げたマルクは、誰に尋ねるともなく呟くのである。 「俺だって、まだまだ、やれるよな?」 マルクは自分の発した言葉の答えを最初から理解していた。 ただ、自分はまだ戦えるのだと、自分自身に言い聞かせたかったのだ。 見失いかけた導火線を手繰り寄せ、マルクは再び心の闘志を燃やすと、まだ諦めず戦う騎士と魔鬼が激突する血生臭い嵐の中へと、勇猛果敢に立ち向かって行くのである。 ナイトランドの各地では今も尚、魔鬼との激しい死闘が繰り広げられている事であろう。 生きる為、生活の為に命を懸けて戦いに臨むマルクのような騎士や戦士の姿は、ナイトランドにおいては何も珍しい事ではなく、実にありふれた日常の光景に過ぎないのであった。 さて、ありふれた日常から物語は、純白色の魔鬼と琥珀色のスライムが目指す場所へと移される。 |
2001-2024 © いさなおキリキ・DIGITALGIA
※ 当ウェブサイトに掲載されている画像・文章など、著作物の転載・複製・改変などの一切を禁止しています。