覇 王 鋼 鐵

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 将軍が魔鬼に喰われようとしている様を、二本の巨大樹である永世桜が見届ける此の地にて、その不可思議な現象は起きていた。
 三つの太陽が天頂に至るには、まだ暫く掛かるであろう時間帯、今から一時間ほど前の事である。

 悠然と大輪咲き誇る永世桜の周囲では、憩いを求め様々な種類の動物が数多く集まり、ゆったりとした一時を過ごしていた。
 しかしそんな憩いの時間は、姿無き来訪者のによって破られる事となる。
 突然の人の声に驚き、散り散りとなって逃げて行く動物達に構うこと無く、その声は永世桜を媒体にでもするかのようにして、辺りに響いていた。

「もしもーし? もしもし、もしもしー? 将軍いないのぉー?」
(・・・・・)
「もしもし、もしもしー? もっしもっし、もーしもしー? そちらに、角馬鹿つのばかの将軍はいますかー?」
(・・・・・)
「あらぁー、可笑しいわね。定時連絡の時間のはずなんだけど、オテント隊の誰も辿り着いていないのかしら?」
(・・・・・)

 逃げそびれた動物達がツンと耳を立て警戒する中、何度も何度も将軍へと呼び掛ける声は女性のものである。
 その女性の声質は、芯の通った力強いものでありながら、瑞々みずみずしく透明感のあるものであった。

 永世桜から発せられている女性の声は、将軍からの応答を待っているようだが、まだ此処に辿り着いていないオテント隊一行からの返事は、当然ながら返って来ない。
 しかし声の主である女性は、オテント隊との交信を諦めるのではなく、たわい無い独り言で話し続けるのである。

「それにしても、もしもしって面白いわよね。申します申しますの略なんだって、道流みちるが言ってた。道流って本当に色んな事を知ってるわよね」
(・・・・・)
「もしもしも良いけど、しもしもでも面白そうねぇ!」
(・・・・・)
「しもしも、しもしもー! 角馬鹿将軍はいますかー?」
(・・・・・)
「しっもしっも、しーもしもー! 将軍のばーか! ばぁーかしょーぐん! ぷっフフフ!」
(・・・・・)

 女性の声は将軍を馬鹿呼ばわりし始めると、通信の向こう側で笑い転げているようである。
 もはや一人話を続ける女性の声は、永世桜の下で耳を立て警戒する動物達にとっての背景音楽となっていた。
 そんな愉快な女性の声が、今度はしんみりとした調子で一人話し出すのである。

「そうよねぇ、重たい白道の運搬だもの、流石にジーニアやリナーラのようには行かないわよねぇ・・・ あの二人は異常だったもの」
(・・・・・)
「軍団長達でさえ初めの頃は大変だったんだから、それに比べたらプリオは良くやってると思うわ」
(・・・・・)
「大変な場所ではきっと将軍が手伝ってくれると思う。凶暴で無慈悲な将軍だけど、懸命に生きようとしてる者には、妙に優しいのよねぇ・・・」
(・・・・・)

 彼女自身も過去に将軍の優しさに触れたのだろうか、思いを馳せる女性の声は少し弱々しいものに感じられた。
 そして声は、気を取り直したように、オテント隊へと注意を呼び掛けるのである。

「永世桜周辺に擬鬼が出る予報が出てるわ。擬鬼は魔鬼が大量出現する前兆なんだから、見掛けたら速やかに逃げるのよー」
(・・・・・)
「その点はエンブラが居るから大丈夫か。でも将軍ってば、パニック起こしていつも一人で駆け出して行っちゃうからなぁ・・・」
(・・・・・)
「まっ、将軍に何か有っても世界が終わるだけなんだし、別にいいわよね! じゃあ、次の定時連絡は精霊樹でね。バイバイ!」
(・・・・・)
「それにしても、バイバイって面白いわよね。ぷっフフフ!」
(・・・・・)

 サラリと世界が終わるだのと恐ろしい事を言ったと思いきや、笑って話を締め括る辺りが彼女の性格を現しているのだろう。
 彼女の愉快な笑い声を最後に、永世桜から発せられていた声は、二度と聞こえて来る事は無かった。


 擬鬼モドキとは魔鬼マオニに成り損ねた魔物であり、特別な擬態能力を持っている。
 その擬態能力の特徴は、姿形はもとより擬態した魔物の能力までも、完全に複製してしまうと言うことであった。
 魔鬼には擬態する事が出来ない擬鬼だが、個体の能力が高ければ高いほど、世界に存在するどのような魔物にでも擬態する事が出来る。
 それが例え、陸のベヒモス、海のリヴァイアサン、空のジズ、と言われるような陸海空を統べるとされる魔物にも擬態は可能なのであった。

 しかしながら擬鬼が最も厄介な点は、強大な魔物でも擬態できるという能力ではなく、擬鬼の生体波長が魔鬼を引き寄せてしまうという事である。
 魔物が擬鬼か否かの判別は非常に困難であり、その判別が出来る者となるとナイトランドでも数える程しか存在しない。
 擬鬼は絶命すると、魔鬼と同じように鬼豊石という鉱物を残し、蒸発して消えて行く事から、これが一般的な判別法となっているのである。
 このようにオテント隊の三人にしても、レッドキャップが絶命し残した鬼豊石によって、擬鬼の存在を確認した訳なのであった。

 そして今こうして永世桜の下、大きな目を見開いて叫ぶ将軍が、擬鬼に引き寄せられた魔鬼に喰われようとしている状況が展開されているのである。

 巨大な口を目一杯にまで広げた魔鬼は、将軍に覆い被さるようにして倒れ込むと、そのまま大地の土や散り積もった永世桜の花びらごと、将軍を丸呑みにしてしまう。
 しかし、真っ暗な魔鬼の口の中で喚く事しか出来ないでいる将軍の上に、白刃の横一線と共に妖精霊王国の青空が突然として広がるのであった。
 将軍を喰らったはずの魔鬼は、巨大な頭部を横真っ二つにされ絶命すると、すぐさま蒸発が始まり大気中へと拡散して消えて行く。
 虚しく将軍の足下に残されたのは、直径十センチ程で石炭のように黒光りした鬼豊石だけであった。

「なんだっ!? なんだっ!? どうしたんだっ!?」

 将軍は何が起きたのかさっぱり分からないと言った表情で、頭上に広がるいつもの青空を見上げると、頭を左右に振ってはキョロキョロと周囲に視線を泳がせている。

 将軍を襲った魔鬼も消え、もう脅威は去ったと思われたが、それでも将軍の体は緊張で強張っている。
 七色の虹彩をした将軍の大きな瞳には、騎士とも武者とも取れる甲胄姿の一人の戦士が映し出されていたのだ。
 身の丈程の巨大な白刃の刀剣を手に持ち、白く煌めく甲冑で身を包む戦士は、対峙するような形で将軍の事をジッと見ていた。

 将軍を丸呑みにした魔鬼を横真っ二つに切り伏せ、魔鬼の口の中から将軍を救い出したのは、この白き甲冑を纏った戦士の一太刀で間違いはない。
 にも関わらず、いつもなら威勢よく礼の一つでも言うであろう律儀な将軍であるはずなのだが、今はただ目を見開いて怯えている。
 この将軍の怯えようは、戦士の容姿が原因であった。
 白く煌めく甲冑はおどろおどろしい形状であり、頭部には四本の角が雄々しく生え、顔は憤怒する鬼神の如き形相なのである。
 将軍の目の前に立つ戦士はまさに魔鬼の容姿であり、そしてこの魔鬼は世にも珍しい純白の魔鬼であったのだ。

 白刃の大剣を片手に持つ純白の魔鬼が、ゆっくりと歩を進め将軍へと近づくと、恐怖に堪え兼ねた将軍は遂に悲鳴を上げるのである。

「ぎぃやぁあぁーーー!!」

 蒼い大空の下に広がる緑の海の中へと、将軍の魂から振り絞られる大絶叫が、けたたましくこだまして行くのであった。






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