角 ノ 覇 王 と 鋼 鐵 ノ 姫
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世に残されている記録によれば〈キキ〉の一種である 魔鬼は人を喰らい、動物を喰らい、そして魔物までも喰らう事から、極めて危険な脅威としてナイトランドを含め世界中を震慄させていた。 その底知れぬ悪食は、魔鬼が出現した辺り一帯から魔物が消え去ってしまう程のものだった。 アークシール超帝国を始めとした各国家が、国を挙げて魔鬼の脅威に立ちはだかっている事はもちろんの話ではある。 しかしながら、魔鬼に対抗する組織として最大の規模を誇るのは、公には属さない民間の 人々からナイトメディアと呼ばれ親しまれる騎士組合において、魔鬼の情報は広く公共に開示されており、その脅威の基準についてもキキスケール、キキステージと言う独自の簡略格付けによって評定が行われている。 例えば、将軍を喰らおうとした巨大な口をした魔鬼の場合、キキスケールは五級に満たないものであり、キキステージも通常の魔鬼となる。 しかし、突如として将軍の前に現れた純白の魔鬼の場合では、格付けが大きく変わって来る。 純白の魔鬼のキキスケールは段位以上であり、キキステージに至っては魔鬼を統べる者達とされる 余りにも大きく格が違う純白の魔鬼を前にして、将軍が恐怖で怯えて切ってしまう事は無理もない話なのであった。 ナイトメディアが公に開示している情報の一部によれば、魔鬼の容姿は人型から異形と様々であり、全身は漆黒色の硬い鎧のような外皮で覆われている事が一般的である。 そして、魔鬼には様々な種が存在する事が確認されており、人種族との間に誕生した混血の魔鬼もいれば、純粋な魔鬼の突然変異種も多数存在しているという。 魔鬼の大半が漆黒の容姿である事からみれば、将軍の目の前に現れた純白の魔鬼というのが、極めて珍しい種である事は明白であった。 純白の魔鬼を前にして、大声を上げ怯えきってしまう将軍の有様は、先程までゴブリンへと放っていた威勢などすっかりと見る影もなくなっていた。 純白の魔鬼への恐れで後ずさりする将軍であったが、巨大な口を持つ魔鬼が残した鬼豊石に躓き転倒してしまう。 この間にも圧倒的な威圧の雰囲気を放ちながら、純白の魔鬼はゆっくりと将軍に向かって歩みを進めていた。 自らが確実に次の標的となっている事を確信する将軍は、短い足をバタバタとさせながら慌てて立ち上がると、純白の魔鬼に背を向け脱兎の如く駆け出して行く。 しかし、そんな無我夢中で逃げようとする将軍に向けられたのは、純白の魔鬼が手にする巨大な白刃の刀剣の矛先ではなかったのである。 「大将軍閣下、わたくしです!」 恐怖で逃げ出す将軍に向かって掛けられた籠もったような声は、純白の魔鬼から発せられたものだ。 籠もっていても分かるその声は、鬼神の如き形相からは想像する事など出来ない、高貴で上品さのある柔らかい女性の声であった。 そんな声にも気付かず必死の思いで逃げて行く将軍へと、純白の魔鬼は再び声を掛ける。 「大将軍閣下、わたくしはエンブラですよ!」 「・・・!?」 慣れ親しんでいるはずである純白の魔鬼の声に、逃げる将軍はピタリと足を止めると、震える小さな体でゆっくりと振り返るのであった。 将軍は酷く引き攣った表情のまま、純白の魔鬼を観察でもするように凝視する。 しかし、何処をどのように見てみても、将軍の知る人物とは容姿が余りにも異なっているのだ。 歩を止める純白の魔鬼と、震えながら無言で立ち尽くす将軍の間では、永世桜の巨大な花びらがただただ雄大に舞っている。 緩やかに流れる時の中、声だけでは気付かない将軍に応えるようにして、純白の魔鬼は右手に持つ巨大な白刃の刀剣を大地に突き立てる。 そして、純白の魔鬼は顎の辺りを左手で触れると、自らの正体を将軍へと晒すのである。 幾度とするプシュプシューという空気の抜ける音と共に、純白の魔鬼の頭部の硬い外皮が動き出していく。 大きな瞳を丸くしながらその様子を目の当たりにする将軍は、純白の魔鬼の全身が硬い外皮ではなく、機巧が施された甲冑である事に気付くのである。 「・・・っなんだ、その機巧の技術は!? 魔鬼の世界に、そんな技術が有るわけがないぞ!?」 瞬く間に、恐怖から驚愕の表情へと移り変わる将軍の前で、純白の魔鬼が被る機巧の兜が滑らかに可動する。 顔面を防御する為であり、仮面の役割をも果たしている目元を覆う面頬は上部へ、口元を覆う面頬は下部へと、それぞれ兜の内側へと収納されて行く。 将軍は今までに見た事もない機巧の兜を目にして、唖然としながらも大きな口を動かした。 「まさか、ドワードをさらって作らせたのか!? それともマキナを喰らって力を得たのか!?」 「大将軍閣下、そのどちらでもありませんよ。まだ気が動転していらっしゃるのですね?」 将軍の疑問の声に答えたのは、先程までのように籠もってはいない、ハッキリと女性だと分かる声であった。 そんな会話の合間にも、兜は首の辺りで胴を防御する鎧と切り離れると、そのまま四本ある角の内、二本の雄大に伸びる角と共に背中の方へと可動して行くのである。 そうして兜の中から露わになった素顔は、とても魔鬼だとは思えない透き通るような白い肌をした女性のものであった。 全身に厳つい魔鬼の体躯のような鎧を纏っている女は、将軍に向かってニコリと上品に微笑んでいる。 真っ白な肌に赤味を帯びたぷっくらとした唇、肩までは伸びていない大空を思わせる淡い水色の髪、そして神秘的に輝く琥珀色の瞳をした女には、二本の角が頭部に生えていた。 まるで星屑が散りばめられているかのように、陽光によって細かく煌めく二本の純白の角だが、女の左頭部に生える角は根元から十センチ程の所で無惨にも折れている。 折れていなければ、美しい弧を描き前方に渦を巻いて伸びる右頭部の純白の角と同じ形状を保っていた事であろう。 そしてこの角の形状は、何故か今の将軍の左頭部に生える角とまったく同じ形状をしているのであった。 さて、恐怖から驚愕へと目まぐるしく心境を変化させていた将軍だが、素顔を露わにした女の顔を見ているのかと思いきや、ジーと女の左右の角を見詰めているようである。 「・・・っん!? この綺麗な純白の角は、間違いなくエンブラちゃんのものだな」 「はい、大将軍閣下。エンブラでございます」 どうやら将軍は、声色や顔よりも頭部に生える角によって、その人物を判別する節があるようである。 将軍が正気を取り戻し、自身が将軍の部下なのだと分かって貰えた事にエンブラは微笑んでいた。 普段の言動からも大人びて見えるエンブラなのだが、その無邪気に笑う姿は十代の がしかし、エンブラは人間族ではない。 エンブラの頭部に生える角は魔鬼の証であり、その中でもエンブラはナイトランドで数体しか存在しない極めて珍しい純白の魔鬼なのだ。 身長は一八〇センチを超えているだろうエンブラが、一〇〇センチにも満たない身長の将軍に向かって姿勢を正すと、オテント隊への着隊の報告をするのである。 「大将軍閣下、合流に遅れて申し訳ありません。エンブラ・エクセルシオール、只今を持って原隊復帰いたします」 「っおう! エンブラちゃん! よく戻ったなっ!」 先程まで怯え切っていた将軍はどこへやら、将軍はエンブラに向かって威勢良く額に右手をかざして敬礼をするのである。 将軍の敬礼に対して、いつも礼儀正しいエンブラなら即座に答礼で返しそうなものだが、エンブラは不思議そうな表情を浮かべて首を傾げてしまうのであった。 「大将軍閣下、それは、いったい何をなされているのでしょう?」 「・・・っん!? これは敬礼だぞ」 「敬礼・・・ なんですか?」 「そうだ」 将軍が行う見たことの無い敬礼に、エンブラは少しの戸惑いを見せるが、それも将軍の説明によってすぐに消えてしまうのである。 「この敬礼は、妖精霊王国に入る前に立ち寄った町の兵士達がしていたものだ」 「そうなんですね。ナイトランドでの敬礼には、必ず刀剣が使用されていると思うのですが、随分と変わった敬礼があるものなんですね」 「そうだな。おそらく外の世界からやって来たやつの影響だと思うぞ」 「なるほど、外の世界の敬礼というわけですね」 エンブラを見上げ挙手の敬礼をする将軍に対して、エンブラは将軍を見下ろしながら挙手の敬礼を真似てみるのである。 「こう、でしょうか?」 ナイトランド式では無いにしろ敬礼とあってか、エンブラは微笑むこと無く真顔で、将軍のする敬礼に応えるのである。 対面しているのは謎の生物と純白の魔鬼、そして身長差も相まって、角を持つ二人の奇妙で凸凹な敬礼がここに完成するのであった。 敬礼に満足した将軍は、挙手している腕を弾くように勢い良く前方に投げ出すと敬礼から直る。 その動作にエンブラが不思議そうな表情を浮かべると、将軍がニヤリと言ってやるのである。 「こうした方が、かっこいいだろ!」 「・・・確かに、様になりますね」 妙に納得してしまうエンブラもまた、将軍の動作を真似て敬礼から直るのであった。 両者が敬礼から直った所で、将軍はエンブラに向かって一歩踏み出すと、体を右斜めに構えて大きな目を見開き、エンブラの全身を覗き込むように見るのである。 「ところでだ、エンブラちゃん・・・」 「はい、大将軍閣下」 「なんなんだっ! その刀剣と甲冑は!? あたしが見たこともない代物じゃないか!」 怒っているわけではなく驚きの大声で問う将軍に対して、エンブラはいつものように柔和に答えるのであった。 「はい。これは以前、大将軍閣下がドワードの職人達に依頼されていた物ですよ」 「・・・っえ!? まさか、本当に 「はい。まだ試作の段階ですが、作れちゃいましたね」 口を大きく開け唖然とする将軍に対して、エンブラは嬉しそうに微笑んでいる。 将軍と初めて出会った頃から、エンブラは将軍の驚く様が好きなのだ。 厳つい純白の鎧姿とは対照的なエンブラのあどけない表情は、やはりとても魔鬼とは思えないものであった。 |
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