覇 者 虹 霓

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 燦々と輝きながら天空を統べる3つの太陽のどれもが、未だ天頂への到達を果たせていない時分、スラム街を目的地とし馬機の背で揺られる8人のウェザーの騎士。
 彼らの此度の任務は、騎士組合であるナイトメディアから請けた魔鬼オーガの討伐依頼である。

 ナイトランド最大の規模と勢力を誇る騎士団と言えば、それは国家騎士団であるアークシール超帝国騎士団の事である。
 ナイトメディアは民間の組合組織である為に、超帝国騎士団が直接的な依頼を請けたという前例は無く、おそらくはこれからも無いであろう。
 そもそも超帝国騎士団は、国家唯一の騎士団という事もあり、エリート意識や自尊心の強い騎士が少なくはなく、貴族も数多く在籍している。
 そして、それだけの理由ではないが、超帝国騎士団に所属する騎士は、個人としてであっても副業のような形で、ナイトメディアの仕事を請ける事は固く禁じられていた。
 中には金に困り果て、隠れて仕事を請け負う輩もいるのだが、発覚した場合には相応の刑罰が待っているのであった。

 超帝国騎士団とは違い、ウェザー騎士団はあくまでも皇帝の私設騎士団である為に、ナイトメディアからの依頼であろうと何処からの依頼であろうと、騎士団はもちろん騎士個人としても仕事を請ける事は禁じられていなかった。
 ウェザー騎士団として依頼を請ける場合、その是非は各騎士隊の騎士隊三頭に全てが委ねられている。
 騎士隊三頭には各騎士隊においての絶対的な指揮権が与えられており、そんな存在がウェザー騎士団4個騎士隊、つまりは12人の騎士が存在するという事である。
 今回の蒼天の騎士と光陰の騎士による変則的な混成部隊も、騎士隊三頭のさじ加減ひとつで決まったものなのだ。

 ウェザーは皇帝の私設騎士団という事で、皇帝直系の皇族は超帝国騎士団ではなく、決まってウェザー騎士団に所属する事が慣わしとなっている。
 そんな事もあり、今回の任務には偶然にも皇族が参加していた。
 アークシール超帝国の皇太子であり、光陰の騎士隊の騎士隊隊長の座に就くのが、エドゥワード・アークシールである。
 エドゥワードの垂れ下がる程の長さには満たない短く整えられた金色の髪が、柔らかな風にメラメラと彼の気性を現すかのようになびいている。
 アークシール皇帝の髪色は深い藍色である為に、エドゥワードの美しく煌く金色の髪色は、母親から譲り受けたものなのであろう。

 軽快に歩を進める馬機の揺れる背で、エドゥワードは手綱も握らずに、どっしりとして胸の前で腕を組んでいた。
 隊服の上からでも見て取れる程の適度な筋肉質の肉体とは対照的に、その顔立ちは中性的であり、男女問わずに誰もが見惚れてしまう程の美男であった。
 しかし、その人を魅了し惹き付ける容姿とは裏腹に、大抵の者はエドゥワードの高貴な生まれや溢れ出す強気な雰囲気に萎縮してしまい、彼に近付こうとする者は余り多くはなかった。

 蒼天の騎士隊主席の座に就くボルグス・デッドライドと同様にエドゥワード・アークシールもまた、ナイトランドではその名が広く知られていた。
 それは、超帝国の皇太子であり光陰の騎士隊隊長という肩書き以上に
〈 稀代の印道術師 〉としてである。
 極めて強力な印道術を扱うアークシール家の中に置いても、エドゥワードの印道術は余りにも強大で異質であるがゆえに、ナイトランドを超えて遥か外の世界にまで、その名声を轟かせているのであった。

 エドゥワードは蒼天の騎士隊と同様に、白を基調とした生地の厚いコートのような服の上に、特殊な加工を施し鋼と同等以上の強度を持たせた琥珀の鎧を簡易的に装着している。
 琥珀の不規則で複雑な天然模様が、陽に照らされる度に光と陰を幻想的に浮かび上がらせていた。
 この美しい天然樹脂の化石を纏った装いが、光陰の騎士隊の隊服であり、その余りの美しさから、ナイトメディアが発行する風物誌「かざしるべ」で何度も特集されている程であった。

 険しい表情を見せるエドゥワードが、自らの肩を叩いて触れた蒼天の騎士に向かって首を傾げると、強い口調で言葉を放った。

「っおい、グロリアス! 帝都への帰還ついでだったとは言え、俺達をこの任務に巻き込んだのは、他でもないお前なんだぞ!」
「うぁ~あ、・・・そうだっけ!?」

 エドゥワードにグロリアスと呼ばれた蒼天の騎士は、有ろう事か大きな欠伸をしながら返事をするのであった。
 グロリアスも蒼天の騎士隊の隊服に身を包んではいるが、他の騎士達とは違って簡易的な鎧は身に付けておらず、だらしなく胸をはだけさせている。
 戦闘で負ったものなのだろうか、はだけた隊服から見える素肌には無数の傷が刻まれていた。
 この蒼天の騎士隊三頭の一角を担う騎士、返事はおろかその態度も無骨であり、馬上で上半身を仰向けに寝かせては両腕を枕代わりに気持ち良さそうに空を仰いでいる。
 超帝国の皇太子を相手に、このような態度を取れる者など、ナイトランド広しと言えど、この男ぐらいなものであろう。

 この有様は毎度の事なのか、エドゥワードはグロリアスの態度に不満があるわけではなく、そのぞんざいな物言いに不満があったようである。

「そ、そうだっけだとぉ!?」
「まっ、お疲れって事で良いじゃないの! 大した任務にならなかったわけだし、しかも報酬はちゃんと出るんだし!」

 グロリアスの返答に唖然と成りつつも、エドゥワードはこの男に何か言ってやらねばという思いで言葉を吐き出すのである。

「オーガが大量発生したとかで、お前達だけでは手が足らないとか言って無かったか!? それを酌んで俺は合流の要請を受けたんだ。それなのに「お疲れ」の一言で軽くあしらいやがって! お前いったい、これが何度目だと思っている!」
「何度だって良いじゃない! 俺はお前と任務を共にするのが楽しいんだよ!」

 グロリアスの余りにも直球の返答に、エドゥワードはただただ言葉を失うだけであった。
 肩の力を落とすエドゥワードは、このようなグロリアスとのやり取りにもすっかり慣れてしまっているのだろう。
 最後は諦めるように小さく呟く事で、我慢をするしか手は無かったのである。

「相変わらずふざけやがって。まったく、頼むからもういい加減に、勘弁してくれ・・・」

 エドゥワードを相手にまったく物怖じせず対等に会話をする事が出来る者は、極めて珍しい人種に分類されるであろう。
 エドゥワードを含め3人の光陰の騎士を今回の任務に個人的な要件で合流させた張本人こそが、蒼天の騎士隊三頭の一角である騎士隊筆頭の座に就くグロリアス・デイである。
 グロリアスもエドゥワードも、まだ年齢は20代といった所。
 2人は数々の戦場を共にしお互いの背を預けて来た戦友であり、幼き頃から肩を並べ歩んで来た竹馬の友なのであった。

 グロリアスのはだけた胸元や、枕代わりに袖を捲くった両腕に見られる無数の傷から察するに、グロリアスの全身にはまるで蜘蛛の巣の如く深く刻まれた傷が張り巡らされている事だろう。
 まだ20代とは言え、潜り抜けて来た死線の数は、どんなベテランの騎士でさえグロリアスには敵わなかった。
 鍛え抜かれた頑強な肉体は鋼のようであり、放たれる雰囲気が実際の体格よりも大きく、そして力強く見せている。

 エドゥワードよりも少し短い光沢のある黒髪をしたグロリアスは、男前な顔立ちだが愛嬌があり、表情は実に豊かでコロコロと目まぐるしく移り変わって行った。
 しかし、時より見せる鋭い眼光は、数多の修羅場を体験し紙一重の生死を乗り越えて来た者の眼であり、その目は武道術の真髄を覗いた者の瞳である。
 その瞳が宿した武道術の名は〈 清浄流 〉と呼ばれている。
 清浄流は、武の根源とされる最古の武道術であり、武が派生し進化した最新の武道術である。
 そうなのだ、グロリアス・デイは〈 天照清浄流 〉の極みに到達した者であり、そして、ナイトランド最強と称えられる騎士である。






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