覇 者 虹 霓

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 遥か太古の昔、かつてこの地に存在した5つの巨大国家は、度重なる激しい戦争の末に、新たなる一つの超帝国となり産声を上げる事となった。
 それが、今のアークシール超帝国である。

 アークシール超帝国は君主制ではあるが、アークシール皇帝による絶対君主制ではなく、民主制が極めて強い立憲君主制の国家である。
 これは王国や帝国が乱立するこの世界においては極めて稀有な事であり、この体制が今の超帝国に繁栄をもたらしているとも言えた。
 しかし、幾ら民主制が強い傾向にあるとは言いながらもその実は、皇族や貴族などが中心となった議員による議会〈 天矢府てんしふ 〉が国の舵取りを行っていた。

 天矢府は超帝国における唯一の立法機関であり、国の最高機関とされている。
 そして、その天矢府の権力からも完全に独立した機関こそが、風の軍隊を率いて超帝国領土にある脅威の監視、排除を行う〈 風ノ戒かぜのかい 〉と呼ばれる司法機関なのである。

 風ノ戒は超帝国騎士団の警衛隊と同じく、主に治安維持活動に尽力している組織なのだが、扱う案件の大きさについては国家規模であり、その重大さから法の下において特別な執行権を持っていた。
 それは司法に基づき裁きを行い判決を下す事が出来る権利であり、判決が極刑ならば風ノ戒の隊長格に至っては、その場で死刑を執り行う事が法的に許可されている。
 その適用範囲は皇族や貴族はもちろんの事、アークシール皇帝をも含めた全ての者に対してである。
 このような事から風ノ戒は超帝国において、絶対的な平和を堅持する為の強力な抑止力となっているのであった。
 昔から大人達は悪戯っ子に対して「空から風ノ戒が見ているぞ!」と、躾の決まり文句で良く使われる程に、風ノ戒というのは人々に怖れられている国家機関なのだ。
 風ノ戒が存在する以上、例え緊急の場合においても行政機関は超法規的措置などという行為を講じる事は出来ない。
 微塵の隙間風をも許さない姿勢こそが、国家において強固な礎となるのである。

 超帝国の軍事の一切を担う大規模なアークシール超帝国騎士団に比べれば、皇帝の私設騎士団であるウェザー騎士団の規模はそれ程のものではない。
 しかし、ウェザー騎士団にはグロリアス・デイのように、個々の能力が飛び抜けて優秀な者が多く在籍している為に、超帝国騎士団と並びナイトランドにおける2大勢力となっていた。
 特にウェザー騎士団の各騎士隊三頭に至っては、その思想や能力の強大さ故に、風ノ戒からは危険視され要警戒対象と見なされているのである。

 中でも取り分け危険視されている人物こそが、何を隠そう光陰の騎士隊三頭で騎士隊隊長であり、超帝国の皇太子でもあるエドゥワード・アークシールであった。
 エドゥワードは、その我の強過ぎる思想や気性の激しさから、超帝国の最高機関である天矢府や、実父であるアークシール皇帝とは度々衝突をしている。
 そして、個人が持つには余りにも度を超えた印道術師としての圧倒的に強大な能力の事もあり、風ノ戒はエドゥワードを特に厳重に警戒しているのであった。

 そのようなエドゥワードの事を、誰よりも高く評価し共感を示しているのが、蒼天の騎士隊主席であり英雄と称えられるボルグス・デッドライドなのである。
 他者の意見に耳を傾ける事など滅多に無いエドゥワードであったが、デッドライドは数少ない例外の1人であるのと同時に、エドゥワードの常日頃からの言動の真意を見抜いている1人であった。

「何分にもエドゥワード殿下は、敵を作り過ぎているように見受けられる。
が、それは意図的に・・・、ですかな?」
「・・・ほう」

 何気も無く空を仰いでいたエドゥワードは感心するように頷くと、自身の左前方で馬機に揺られるデッドライドの背に、一瞥を投げるのであった。
 そんなエドゥワードの視線に応える様にして、デッドライドは話を続けて行くのである。

「殿下の事だ、考えあってのものなのでしょう。帝国の悪しき一面に風穴を開けて頂くという意味でも、皇太子である殿下だからこそ意味を持つ言動がある。殿下には今のまま突き進んで下さる事を願っておりますよ」
「それは無論だ。しかし、風穴程度で済ませるつもりなどは無いがな!?」
「それはそれは・・・、実に頼もしい」

 エドゥワードの言葉に顔をほころばせるデッドライドであったが、その表情に険しさが陰を落として行く。

「殿下、風ノ戒には充分な警戒を。あの機関には如何なる者も、天矢府でさえ一切の干渉が許されない隔絶された組織ですからな」
「あぁ、心得ている。しかし、風ノ戒ほど心強い組織も他にはないと言えるのでないか?」
「・・・仰る通り」

 会話の内容とは程遠く、馬上の2人は世間話でもしているかのように、その表情は随分とにこやかなものであった。

「殿下の力を持ってすれば大概の事は思うがままでしょうが、こと超帝国は一枚岩でありませんからな。大事が起これば国は分裂し、戦になれば結果がどうであれ、国力の大きな損失は必至。それに加えてナイトランドは実に複雑な風土であるが故、他種族や他国家、活発化する魔鬼の動向にも対処が必要となりましょう」
「あぁ、・・・難しいものだな」

 少し表情を強張らせ、超帝国の行く末に思いを巡らせるエドゥワードの目が、何かしらの謀の色で染められていた。
 しかし、途端にその口元が大きく緩むのである。

「フッフッフ、その時は今以上に、デッドライド卿には勤めてもらわねばな」
「ハッハッハ、私で役に立つのであれば、如何様にも」

 エドゥワードが声を上げて笑い出すと、デッドライドもそれに釣られて笑い出すのであった。
 2人の会話を片耳にしながら「何の話をしてるんだか、このお偉いさんの2人は」と、エドゥワードの隣を行く馬機の背で寝転がっているグロリアスは、まるで興味無しと言った様子でぼそりと呟くのであった。


 エドゥワードはデッドライドに対して、全幅の信頼を寄せていた。
 性格はまるで違えど、それぞれの一族における2人の境遇は近く、そのような点からもお互いに水が合ったのかもしれない。
 デッドライドは自らが席を置く蒼天の騎士隊だけに留まらず、いつもウェザー騎士団全体の事を考慮し行動していた。
 常にそのような配慮を怠らないデッドライドの姿勢こそが、ウェザー騎士団で騎士隊の枠を超え、各騎士隊三頭や騎士達からの絶大な信頼へと繋がっているのである。

「ところで、エドゥワード殿下。先程のナイトメディアの話に付随しますが、如何なる圧力が掛かろうとも、ウェザーに関する機密事項やウェザーの騎士を咎め、陥れる様な記事が出る事は絶対にありません・・・」
 デッドライドの言葉に、エドゥワードはハッとすると続けて言葉が出た。

「そうか・・・、卿には随分と手間を掛けさせるな」

 血を分けた自らの弟妹の事だと察したエドゥワードは、背を向けているデッドライドに感謝の意味を込めて軽く会釈をするのであった。

 皇族や有力貴族の中には、幹部として超帝国騎士団にその身を置いている者が多く存在していた。
 本来ならばデッドライドもそう在るべき有力貴族である。
 そのような皇族や有力貴族といった身分の最たるものであるアークシール家で有りながらも、特に皇帝の直系の血筋である者は、代々ウェザー騎士団に籍を置く事が常となっていた。
 それはウェザー騎士団が、皇帝の私設騎士団であるからだという事も理由の一つであり、半ば慣例化されたものなのだろう。

 皇族や貴族などの上流階級が住む優雅な世界というのは、いつの時代においても庶民が憧れ夢見る世界であり興味が尽きないものである。
 だが、庶民達は現実を、悲劇の真実を何ひとつ知らないのである。
 特に皇族であるアークシール家には、決して公には出来ない国家機密が数多く存在していた。
 その中の一つが、同じ母の血を分けたエドゥワードの妹や弟に関する事柄であり、一部の者しか知り得ない特別な機密事項となっているのである。
 そのアークシール家の機密に直接的に関わる人物が、今この場にエドゥワードを含め3人、静かに馬機の背で揺られているのであった。






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